お話の、あるところ。

スポンサー広告

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

読みきり作品 吉野慧

投稿作品『時雨』 著者:吉野慧

 汚い茸や筍が散らかされて、草木がすすり泣く寂しい山道を下って村まで戻ってみると、やはりわたしの家だけ雨が降っていなかった。

この村は、どこもあばら家のようなものである。
薄い板を貼りあわせた、山奥の川に打ち捨てられた木箱のようなものなのだ。
疾風がまけば、すぐに尾根を越えて、それぞれが悲しそうに遠くへばら撒かれてもおかしくはない。

わたしの家も同じようなものであるが、空が穿られて、ぽっかりあなが開いている。
山のてっぺんから、巨人がわたしの家の上を匙ですくった。
稲穂の灰を掻き混ぜた雲が、いびつな柱を囲むような形になっている。
ただ、なにも入っていない鳥かごのように、むなしく空が突きぬかれている。
鳥はもちろん、雲が流れ込む様子もまるでない。
或いはそこには、なにもないのではなく、なにかがあるのかもしれなかった。


戸を開くと、くたびれた妻と躄りの母がちらりと振り向いたが、すぐに目を元に戻した。痴呆の犬か、年老いた猿みたいだ。
「いつ捨てるの」
妻は臆面もなく、こういうことを口にする。
「だから、雨が降ったらと言っているだろう」
妻は「だって、いつまでも降らないじゃない。他の家じゃ、雨も降っているし、古いものもちゃんと捨てています。古いだけじゃなく、脚の折れた椅子なんてなんの役にも」と寂しそうな声で言った。
ちらと母を見た妻の顔は、いつか山で見た目の潰れた狐に似ていた。

「椅子なら隅に置いておいても問題あるまい。腐りはしないだろうよ」
「内から虫が出てくるわよ。ああ、嫌だ。小さい羽根のある殻が、ごそごそと狂ったように這い出て。わたし、喰われるのなんてまっぴら」
わたしは草臥れた家にあがって、妻に唇重ねた。昔から続く儀式のように。恭しく、それでいて形だけの物事として。

実際、ほとんどの家では雨も降れば、年老いた家族は山に捨てに行った。
隣家では、まだ40年としない父母を、意気揚々と山に投げ込んだ。

村の人間たちは強烈な日差しの中で、憧れの眼差しで彼のことを見たものだった。
若者たちは夜を通して騒いだ。
食べ切れないほどの鳥を絞めたから、誰の服も革を裏返したようだった。
海から飛び出る津波のように酒を飲んだから、酔って海底に沈み、魚に間違えられて漁師に引き揚げられた男がいた。
あの夜のことを思い出すと、とても懐かしい気がした。
各々の家で古い置きものよりもぞんざいに立て懸けられた老人たちだけが、怪しげな月の光も浴びずに、静かに行きつく場所での孤独を感じていた。
彼らにとっては、もはや遠い昔の、幾世代も前のお祭りの繰り返しに過ぎない。
今の妻と出会ったのも、流星が山に吸い込まれるあの夜だった。
はじめは二人で草むらに仰向けになって、山に星が帰っていく様を数えていた。
いつか面倒になって、見事な花を散らした後の、揺れる桜の木々のように交わり合った。
果てては咲き吹かし、散っては花びらを舞い上げた。


懐かしさに吹かれて、わたしは例の若い老人を捨てた男の家を訪ねてみた。
妻も居ないから、家の中はがらんとしている。
あんまり静かなものだから、首輪を付けられた蛇のスルスルと這う音さえ、心地良く響いた。

「なんだお前、まあだ帰してないらしいじゃないか」
いびつな壜を仰いで、男は蛇を撫でながら、しみじみと言った。
「いい加減にしないといけない。いつだったか、左の小指を猪に取られた男の親が死んだのを覚えているか?」
痛々しい風が村に吹き荒れて、どこの家も丸裸にされたから、よく覚えている。
「村にはもう居られないしな。それでも、どこに行けるわけじゃない。別の場所で暮らすっていうのは大変なもんだ。思っている以上に、俺たちはどこにも行けないし、どこにも辿りつけない。今ここに居続けられるのすら、難しいんだ」
いつのまにか蛇は腕に巻き付いている。
悲しそうな目で、蛇はロウソクの火が変わるのを見ていた。
蛇は火を嫌うと聞いていたから、ひどい嘘を人は口ずさむものだと考えた。

「蛇といえば、ほら。そういえば、お前のとこも。つい最近大変だったな。脚が飛んで」
「おかげで、妻が母を意味もなく打つようになった」
「そりゃそうだ。八尺はある青大将が空から落ちてきて、母さまの脚を締め、もいじまったんだったな。こんなに酷いことはない。脚はピョンピョン跳ねて村中を廻るし。うるさくてなかなか寝付かなかった」
「誰だかは、家の中まで入り込まれたらしい。落ち着かれても困るから、箒で脛を打ったがそれでも出ていかなかった。しまいには怒って鉈で突いて、それでようやく山に向かって消えたと聞いた」


穏やかな虫が土に潜りこむような話しをしていると、母を山に置いて行けるような気がする。
ちっぽけな小石を過ぎ去り続ける河辺に戻すのと、そう変わらない気がする。
或いは、ぬるい月の欠片を埋めるようなことなのかもしれない。


母を背負い、山に入った。
雨が降っていたが、天まで届く木々にさえぎられている。わたしの肩を時折湿らす程度だった。
溢れる雫も、いつかは枯れるだろう。
肩を伝って腰を濡らし、淡々とした山の土の奥深くに肩をすぼめて、無理やりに入り込んでいった。
母は木々から覗く細い空を見て、いつか自分が母を返した日々のことを話していたが、もはや昔の言語であったために、わたしにはほとんど理解できなかった。

「もう帰るんだよ」
想像も出来ない歪んだ岩に母を置いてそう告げると、のそのそと足りない脚で蜥蜴のように這って、母は白痴になってどこかへ戻っていった。
どこに戻ったのかは分からない。
戻る場所なんてあるとは思えなかったからだ。
なにか黒い丸いものが、竹藪を揺らして、散らかしているのが見えた。
茸を漁り、土の下で幾重にも重なった死体の層が、呻き声を響かせて、空に昇って両手を開いている。
村の近くまで戻ると、幾つもの灯が懸けられて、夜通しの祭りが始まることを教えていた。
細かく千切られた涙が空に広がって、ようやくわたしの家を湿らせ始めるらしかった。



Comment

ざわざわします。

うーん、これは唸ってしまいます! いい意味で!
犬、猿、狐、魚等、たくさんの生き物の名前が出てくるところや、この物語自体を包んでいる閉鎖的な印象が、蠱毒の亜種のように思えてなりません。
幻想的で、実際にはありえない描写が次々となされるわけですが、不思議とすらすら目の前に浮びます。

情景は、ほとんどが螺旋状にイメージされました。
草木がすすり泣く寂しい山道、稲穂の灰を掻き混ぜた雲、腕に巻きつく蛇、土の下で幾重にも重なった死体の層、祭りの始まりを知らせる幾つもの灯…全て螺旋に思えます。しかも密度が濃く、圧迫と息苦しさを伴って。

絶対にこの世界に生きたくはない! けど、憧れてしまいます。この世界に惚れました。
Trackback
Trackback URL
Comment form













管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

黒実 操

Author:黒実 操
「竹の子書房」に参加中。
www.takenokoshobo.com/index.php
無償版電子書籍がたくさん!

管理人ツイッター
http://twitter.com/kuromimigen

最新トラックバック
検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。