お話の、あるところ。

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『夢見る病気』豊原ね子

投稿作品『夢見る病気』〈9〉 著者:豊原ね子

第二章 Reginita(第十二枝 春) 第一話――2/2

 ―4―

 過去をそのまま引き連れてきたような風雨の凄まじさ。
 春の嵐を往くトラックが、地を這うように丘を登る。横風だ。風に色を見ることができるなら、間違いなく黒い。
 トラックの幌には弾薬と、五人の精鋭が乗せられている。
 儀礼銃を持つヨセギ。
 同じく、奪った儀礼銃を扱うジェノー。
 術式弾の扱いに長けたレーゼ。
 両腕が武器と癒着したラーネッド。
 そして四人を統率するミナシキ。
 ここにも冷気の見えない霧が、音もなく立ちこめている。
 反体制の戦士たちは車座になって食事を取っている。冷たい豆のスープと、僅かばかりのパン。先に食い終えたジェノーが、ラーネッドの口に木匙を運んでやっていた。
「うるせぇなあ」
 そら豆を嚥下するなりラーネッドが言った。おし黙っているのも気詰まりだが、この男はろくな事を言わない。無視していると、もう一度、舌を鳴らしながら同じ事を言った。
「ホントにうるせぇ」
「何がだよ?」
「聞こえねぇの? 幽霊だよ……」
 ジェノーが盛大に舌打ちした。レーゼもヨセギも睨みつけるが、それしきの事で黙る男ではなかった。
「こないだ油狗殺ったとこからだ。あいつらがよぉ、『待ってくれえぇ!』『置いてかないでくれえぇ!』って、追いかけてきてやがってよぉ。つかずはなれず」
「黙りな」
「追いつかれたら、あいつら俺らの膝に縋り付いてきやがるぜ」
 笑うと目が三角に吊りあがる。
「冷たいもんだと思ってたぜ。だがそんなことはなかった。温かくもねぇ。冷たくもねぇ。無ぇんだよ。死に、温度は」
「黙れ」
「耳すませよ。レギニータ人なら聞こえるぜ。死んだ奴らはどうして、どうして、トラックなんざ追いかけて走れるか気付きやしねえ」
「おい! 黙れっつってんだろうが!」
「信じねえのさ。自分がくだらねぇことで死んじまったなんてな。意識がある、思っている、だから生きてる! だけだ!」
 ジェノーが立ち上がる。彼は車座を横切ると、火薬箱の上に、まだ沢山残った彼の食事を置いてしまった。
「何しやがる!」
「欲しけりゃ啜りな。犬みてえにな」
「てめぇは両手が使えるからって、そりゃあんまりじゃねえかい? えぇ?」
「おい、なあ、シキ! なんでこんな奴入れたんだよ!」
 ミナシキは、方膝を立ててパンを齧っていた。
「食わせてやれ」
「おい」
「戦力だ。そのことに変わりはない」
 しかしジェノーが動かないので、仕方なく自分の皿を置き、立ち上がった。トレイを持っていってやると、爛れたような笑顔になった。ジェノーが吐き捨てた。
「どうせ恩を仇で返されるだけだっての」
「元より世の中そんなもんだ。ラーネッド。お前の両腕は戦力だが、お前自身は他人に助けられなきゃ生活できないんだ。分かってるだろうな」
 サーベルの鞘が、床にぶつかって硬い音を立てた。スープを口元に運んでやる。誰も顔を洗ってやっていないようで、鼻の下に灰色の髭がまばらに生えている。
「へっ。兄ちゃんだっていつこうなるか分かんねぇクセによ」
 ラーネッドが顎でサーベルを指す。ミナシキは呆れた。
「お前は『そいつら』との付き合い方を間違えたんだ。その武器……ReRouE(リルーイ)は人を祟り殺すこともあるが、お前はよほど憎まれることをしたんだな」
「はて、なぁ」
「大体お前はReRouEの何たるかを知ってるのか?」
「そこまで馬鹿にすんじゃねえよ」
 ひび割れた唇を歪め、笑った。
「〈永遠(とわ)への退路〉の略称。具現結晶霊体だろ? それくらいは知ってるぜ」
「ほう、基礎教養はあるみたいだな。仕組みは?」
「えぇっとな、霊子だ。霊子を集めてどうにかしたヤツで……」
「霊子、レギニータに滞留する亡者の念を、一つの名を持つ仮想人格に収斂させたツールだ。それぞれの生前の経験を昇華させた集合知。幾つもの記憶と人格の寄せ集めでありながら、同時に一個の完成された人格を持つ。つまり」
 木匙を口に押しこんだ。
「同じ武器でも、その辺の銃や儀礼銃とは違う。ましてReRouEは王族だけが所持を許された権威の象徴……正式な継承者でなければReRouEと口を利くことも出来ん」
「ReRouEが口を利くだって――へっ! 兄ちゃん案外ロマンチストなんだな」
 右腕を軽く振って床を叩いた。狭い幌の中に響きわたる。
 右手の剣の名はネルファン。
 左手の槍の名はトルハイヨ。
 ミナシキがそれを知っているのは、同じReRouEのキセリタが教えてくれたからだ。この男は一生、知ることはあるまい。
「全てのReRouEは無意識下で繋がっている。共有無意識の領域は『輪廻の鯨』の機構にあるが……ラーネッド。お前がその二つのReRouEに憎まれるということは、全てのReRouEに憎まれるということなんだぞ」
『彼に何を教えたって無駄よ』
 ミナシキだけに聞こえる声で、サーベル……キセリタが言った。だろうな。ミナシキは返事をする。心の中だけで。もし俺がこんな奴に殺されて、キセリタが奪われることがあったら、彼女は必ずそいつを殺すだろう。ラーネッドの野卑な笑い声は、その思いを確信付けるものだった。
「人格? 権威の象徴だ? それがどうした。ReRouEが何か思ってるとしても、こいつは俺が腕を振れば、レギニータの兵士を殺す。王族でも殺す。だろ? 武器に違ぇねえじゃねぇか」
「もういい。黙って食え」
「ここでReRouEを持ってるってのは王族殺しの証だろ? 俺と兄ちゃんは仲間じゃねえか」
 スープの椀を直接口につけて飲ませた。静かになった。だが、飲み干すと彼はすぐまた喋りだした。
「なあ兄ちゃん、なんでこんな俺が追い出されねぇのか? 王族殺しだからだよ。兄ちゃんが入ってすぐ目ぇかけられたのもReRouE持ってるからだ。だろ? だろ?」
「ざけんじゃねーよ、サル」
 レーゼがラーネッドの額にトレイを投げつけた。
「シキはてめぇとは頭の出来が違うんだ」
「レーゼ、口論はやめろ」
「そうじゃねえならコレだってよ。えっ? 噂になってるぜ?」
 いきなりラーネッドの顔が、目前に迫った。
「男にしちゃヤれる顔じゃねえか、兄ちゃんよぉ。えっ? どうなんだよぉ」
 そう言って腰を前に突き出し、左右に振るのだった。
「シキ!」
 レーゼが叫んだ。
 ミナシキはラーネッドの胸倉をつかんで立ち上がっていた。ミナシキのほうが背が高い。ラーネッドが爪先立ちになった。肘から先の剣と槍が、床に傷を刻んだ。
「ラーネッド、ふざけている場合じゃないのは分かるだろう?」
 平静な口調を保つ。この男を威圧するには、それだけで十分だ。ラーネッドの顔から血の気が引き、慌てて左右に首を振った。ミナシキは目をそらさない。
「おいおい、なんだよ兄ちゃん。ほんの冗談じゃねえか」
「士気に関わる冗談は謹んでいただかねば困る。俺としても下らんことで血を流したくはないからな」
 手を離した。ラーネッドが床で腰を打つのを、冷ややかに見下ろした。
「食事もすんだことだ。口を閉じていてもらおうか」
 ミナシキはもと居た場所に戻って座りこんだ。
 レーゼとジェノーは妙に萎縮して身を寄せ合っている。ヨセギはあぐらを組んで不機嫌そうだ。ようやく静かになった。ひたすら気詰まりな静けさだった。

 夜の音が聞こえる。
 風の唸り、雨粒、雷鳴や、走行音などにかき消されることなく、静かに聞こえてくる。ミナシキは目をつぶり、音に意識を集中する。
 子供の頃は、ずっとこの音を聞いていたと思う。誰もがそうかは、分からない。ただ一度はこの音を忘れた。大人になろうとしていた。あの頃は、まだ城壁都市の内側にいた。そこに居ることが当たり前だと思っていた。
 音がまた聞こえるようになったのは、居場所を失ってからだ。
 ……だから懐かしい。
 静謐な光が降り注ぐ回廊。ガラス天井の図書館。透き通る花々が風に鳴る庭園。……あの花は何故透明だったのだろう。あそこには土がなかった。土の中には虫がいる。蟲は、地中の虫が大きくなって襲い来るものではない。だから自然の中の虫は、人に害をもたらしたりしない。それどころか、土が肥え、水が澄むのに必要な存在だ。そんなことさえ知らなかった。
 誰が教えてくれたのだろう……。
 声が近付いてくる。
 嵐の向こうから、額めがけて声が飛んでくる。
 ――……に行ったんだ……
 これは。ミナシキは慌てて目を開けた。何も見えなかった。視界が黒く塗りつぶされてる。油狗のときと同じだ。
 耳鳴り。
 耳鳴りが言葉になる。
 ――みんな何故……にも居ない……。何だこれは……
 虫。地中の虫。人間世界の虫。小さい! 醜い! あるべき蟲の姿とは似てもにつかぬ! 帰りたい。もとの蟲の世界に。帰りたい……帰りたい……帰りたい!

 視界に光が戻る。
 すぐに立ち上がろうとした。額に痛みが走り、伸ばした膝を折る。
「シキ?」
 右手で額を押さえた。まだ耳の中が鳴っている。呼応するように額が疼く。
「シキ、どうしたの?」
 レーゼが駆け寄ってきて、背中に手を添えた。同時に耳の中が静かになる。
「大丈夫? ぶつけたとこ痛いの?」
 顔を上げると、ジェノーもヨセギもこちらを見ていた。
「……蟲がくる」
「えっ?」
 払いのけるように立った。階段状に積まれた火薬箱に飛び乗り、手と膝をついて身を乗り出した。運転席への窓を開ける。小型通信機を耳にかけた兵士が、驚いて振り返ろうとした。
「前を見ながら聞け」
 運転手は慌てて顔を戻した。フロントは滝のように水が流れ、ほとんど視界が利かない。
「何スかシキさん、どうしたんスか?」
「蟲が来る。ここらの結界の綻びから迷いこんだんだ。急げ!」
 えっ、と叫んだ。
「でも、どうしてそんなこと分かるんスか? あ」
 小型通信機から声が漏れ聞こえた。怒鳴っている。
「なんだ」
「急いでくれって。でもあともうちょっとッス!」
 シキは窓を閉じた。四人の目が一斉に待ち構えていた。
「降車の準備を」
「蟲が来るって? ……おい、本当なのか?」
 問いかけるヨセギの顔を見据え、ミナシキは頷いた。
「ヨセギ。お前は車に残れ!」
「正気か?」
「正気だ。誰かが車を護衛しなきゃならない。本隊が弾薬の補充を待ってるんだ!」
「でも」
「俺だって戦力を減らしたくない。だが車が蟲にやられては元も子もないんだ」
「でも、蟲がいるだなんて」
「レーゼ」
 目を見ると、レーゼは言葉をとめた。
「レーゼ……お前らは俺を信じているか」
 破裂しそうな緊張が幌の中に満ちた。
 ヨセギが頷いた。
「……分かった。俺が残ればいいんだな」
「頼む」
 トラックが停車した。ぬかるみに車輪を取られ、滑るような停まりかたをした。
 レーゼを見、ジェノーを見、ラーネッド見た。
「感謝する。行こう」
 幌が開いた。運転席から僅かな距離なのに、運転の兵士はひどい濡れようだった。
「つきました!」
「ご苦労。こちらに護衛を一人残す。いいか、何があってもまっすぐ本隊を目指せ。何があっても」
 寒さと緊張で青白い顔をしながら、兵士はわかりましたと叫んだ。
 降車する。トラックが彼方に遠ざかる。
 反対を向けば、谷の向こうに大聖堂の光。本棟から突き出た二つの塔。細いほうが目指す北塔。ミナシキは三人の顔を順に見た。彼の号令を待っていた。
「現時点をもって我が分隊は状況を開始する! いくぞ!」
 ぬかるみを走る四人の姿を、その先の跳ね橋の威容を、天を走る紫電が照らし出した。

  ―5―

 ミナシキの儀礼銃、『震霊(しんれい)』の銃口が天を向いた。真っ白な光の筋が伸び、虚空に拡散する。それが合図だった。
 ゆく手で、跳ね橋が鎖を鳴らして下りはじめる。三人に目で合図をし、また走る。震霊を雨から庇いながら。
 下りきった跳ね橋の最初の一歩をミナシキが踏みこんだ。雨水を含んだ木の板が、重く低く鳴り響く。先は見えない。雨の針が光るばかり。
 術式弾の赤い輝線が、闇を一閃した。応えるように黄色が光る。緑、赤、白と爆音。仲間たちが立て籠もっている。四人が橋を渡りきる。ミナシキが振り向いて、手榴弾を思いきり遠くに投げた。赤い炎が広がって、橋は崖に落ちた。
 ジェノーとレーゼが走り、外扉を開く。
 黄色い光が満ちていた。レーゼがすかさず術式弾を撃つ。相殺する。
「シキさん!」
 誰かが叫んだ。部屋の入り口は机や箪笥で封じられていた。それらも既に穴だらけで、その穴から撃ち合っていたのだ。レーゼが弾を詰め替えて撃つ。白光が飛び散り、バリケードの穴を塞いだ。
 廊下の向こうの銃声もやんだ。つかの間静かになる。
 片隅で、撃たれた仲間が脂汗を流して呻いている。
 戦える若い兵士は、硝煙にすすけた顔をふと泣き出しそうに歪める。初めての実戦なのだろう。機関銃のマガジンを入れ替えている班長に聞いた。
「どうなっている」
「本隊が本棟下層部制圧、交戦中です。北塔一階から五階制圧、本棟との分断に成功しました」
「エレベータホールの分遣隊は」
「……全滅しました」
「シキさん!」
 通信機を抱えていた兵士が部屋の隅から呼んだ。
「輸送トラックが蟲の襲撃を受けました。被害は皆無、撃退に成功したが予定時より十分ほど遅れるとのことです」
「……すごい。シキ、なんで分かったの?」
「カンだ。大佐につないでくれ」
 ミナシキは通信機のマイクを取った。
「こちら急襲隊九班班長シキ、北塔六階の跳ね橋制圧班と合流した」
 成功コードを送信する。大佐が出た。
「シキか」
「ご無事のようで。班員のヨセギをトラックに残しております」
「うむ」
「彼を次のエレベータホール制圧隊に組み込んでいただきたい。儀礼銃は大きな戦力です」
「そうしよう。これより急襲隊一班から五班を合流させ、本棟に突撃させろ。本隊とで挟撃する。負傷者は一箇所に集めておけ。六から八班は制圧面を死守しろ。八班、九班は協力して北塔六階を制圧。そののち九班は隠密行動に移れ。北塔六階ブリッジを渡り司祭を制圧しろ。生死は問わん。神官兵どもは疲弊している。ぶちのめせ。復唱!」
 ミナシキは復唱し、北塔にいる総ての班に一斉に伝えた。各班長の呼応を聞き、マイクを置く。そして十名の八班員と自分の三人の部下を振り返った。
「みんな、今聞いての通りだ。これより我々は協力して北塔六階を制圧する」
 腕と指の動きでレーゼに指示。レーゼがバリケードの右端に身を寄せる。左端にミナシキが。各員、展開。術式弾の結界は生きている。レーゼとミナシキが慎重にバリケードをよじ登る。
 指で合図する。三、二、一。
 デスクを廊下に押し倒す。
 レーゼが散弾銃を廊下に向け、術式弾『八面鏡』を放った。壁に、床に、天井に、小さな水溜りのように鏡が張り付いてゆく。ミナシキが震霊を撃つ。レーザーが乱反射しながら廊下を走り、警備兵の頭に当たって、爆発させた。二発。三発。先陣を切って飛び出す。五、六人の警備兵が身を裂かれ、あるいは撃ち抜かれて転がっていた。廊下を走りぬける。曲がり角に小銃を構えた警備兵が飛び出した。震霊を撃ちながら払う。レーザーが鞭のようにしなり、続けて現れた敵兵ごと切り裂く。
 先は、円形状に渦巻く回廊である。警備兵たちが逃げていく。半周した後、視界が開ける。シャンデリアが下がるホール。この先に南塔に抜ける渡り廊下がある。
 渡り廊下の手前で、逃げていた警備兵たちが態勢を立て直す。発砲が始まる。回廊に沿って身を伏せ、儀礼銃を乱射する。撃ち合いでは埒が明かなかった。敵側からの弾丸がぎりぎりの距離を掠めていく。
「レーゼ、術式弾は」
「ダメ! こんな所で使ったら巻き添えくらうって!」
「六班が火炎放射器を持っていただろう」
「駄目です。使い切ってしまったと、先ほど」
 隣でぴたりと身を寄せる八班の班長が言った。
「クソッ」
 弾幕が止む。つかの間の不気味な静寂。
 味方を制し、ミナシキは立ち上がる。回廊にぴたりと背をつけて、震霊を胸の前に構える。待ち伏せるつもりだろう。彼らはとにかく渡り廊下を守ればいいのだから。
 回廊を、誰かがやってくる。壁に身をつけて、静かに。
 目に神経を集中する。
 白い神官服が見えた瞬間、腕を突き出して震霊を撃った。
 静寂の均衡が破れる。
 片手で撃てる機関拳銃に持ち替えて、飛び出した。
 身を屈め、左右の壁に展開して撃ちまくる。ホールに突入。ラーネッドが両手のReRouEで手当たり次第敵を切り刻む。その姿に恐れをなし、発砲を止めた者から射殺していく。
「班長! 七班に連絡を取れ! 絶対に廊下を明け渡すな!」
「了解です!」
「ラーネッド、お前はここに残れ。レーゼ、ジェノー、一緒に来い。司祭を探すんだ」
 ミナシキを先頭に、三人が渡り廊下を疾走する。距離五十メートルほど。暴雨が窓を洗っている。
 渡りきる。
 南塔角の非常階段室へ。南塔の階数は本棟から続いている。十七階から二十階へ。踊り場に出る。光が差し、銃を担いだ神官兵が入室する。
 相手がこちらを敵と認識する前に、震霊が胸を撃った。声なく倒れ、転げ落ちてくる。駆け上がって鉄扉を閉ざす。素早く音もなく。
「分かれよう」
 鉄扉の向こうからざわめきが聞こえてくる。
「お前たちは電気制御室を探せ。こいつらの武器庫、作戦室、警備兵・神官兵の詰め所、南塔エレベータ、シャッター、連絡通路、放送室、そして電気制御室も。すべてロックしろ。だが司祭室はいじるな。いいな。お前らならできる」
「わかった」
「俺は司祭を探す」
「気をつけて」
「ああ。また会おう」

 小部屋に明かりが点っている。三人の神官が集まっていた。
「逃げるってどうやって」
 一番のっぽの、しかし気の弱そうな神官が腰を屈ませて言った。顔を覗きこまれた赤ら顔の神官が言い放つ。
「るせぇな、お前は黙ってろ! 嫌なら今から戻っていいんだぜ。お前なんか外壁の蟻どもに撃ち殺されちまうだけだろうな」
「やめてくれよ」
「やるなら今しかないんだ」
 若くして生え際の後退したもう一人の神官も、説き伏せるように言う。
「どうせ僕たちには捨て駒にされるか、どこか別の外れの教会で一生下働き同然の扱いを受けるしかないんだ。もし僕ら派閥がレジスタンス共を誘導したような疑いを受けてごらん?」
「そんなあ」のっぽが泣き出しそうになる。
「それは教会が外周の奴ら揉めたりしたから」
「バーカ、そんなこと関係ねぇんだよ! 俺らを始末する口実が欲しいんだ。そうなりたいか? 鯨に戻りたくないのか? 革命をするんだろ?」
 蒼褪めながら、熱を帯びた言葉に頷く。
「この窓から非常階段に下りられる、今なら誰も居ない――」
 後ろののっぽを見ながら赤ら顔が窓を開ける。
 暴風雨と共に、人間の腕がにょっきり部屋に入ってきた。
 白いレーザーに頭を撃たれ、そのことに気付かぬまま、赤ら顔は絶命した。射手のレジスタンスが姿を見せる。生え際の後退した神官が銃を抜くのを見て、彼のことも躊躇いなく撃った。
「動くな!」
 外階段から身を躍らせて、レジスタンスが部屋に侵入する。全身ずぶ濡れだ。鋭い双眸に射竦められ、のっぽは硬直する。両手を上げた。上げたまま後ずさり背を向けて走り出した。
 小部屋の壁に、透明な板に覆われたレバーがある。板を破り、レバーを下ろす。部屋に排除用の術式が敷かれる。
 サーベルを抜き、床を突いた。ひび割れる音があり、瞬時に部屋中の術式が消滅する。
 ミナシキが震霊を神官に向ける。
 射殺した。その直前に照明が落ちた。闇にレーザー光が閃き、神官が倒れた後、雷が一閃する。塔が震えるほどの雷鳴だった。

「ジェノー、早く!」
 電気制御室の窓から鉄路に飛び降り、レーゼが口を大きく開けて叫んだ。その顔に嵐が吹く。するべきことはした。電気制御室のロックが破られるまで、時間がかかるはずだ。
 振り向くと、ジェノーが壁を蹴って降りてくるところだった。降りた彼を、いいやレーゼも、緑の光に照らされた。
 結界術。
 咄嗟に自分の術式弾で打ち消そうとしたが、銃を構えるより早く、無駄だと悟った。肌が受ける霊子の圧力が違う。弾じゃない。本物の術だ。
 司祭が、ここが見える位置にいるのだ。
「ジェノー!」
 レーゼは叫び、一目散に走り出した。逃げる足もとに術式がべたべた張り付いて、後を追ってくる。
 ジェノーは術式のど真ん中にいる。切羽詰った足音が背後に響いている。同じくらい必死にレーゼも走る。
 緑の光がくすみ、黄色になり、ついに赤になった。
 北塔はもう目の前だった。
 鉄路を蹴る。ドアノブをつかみ、押し開けて飛びこむ。
 赤い光が一際強まり、ついに術が発動した。
 鉄路の、あとほんの十メートルというところで、ジェノーの姿が赤い光に包まれた。光の粒がジェノーの顔の表面を溶かした。見れたのはそこまでだった。
 扉を閉める。ドアノブをしっかり握り締めたまま、レーゼは蹲った。

 ジェノーの体が赤い光に覆われて、崩れた。抜け落ちた髪と爛れた肉が彼の両目を塞いだが、何か叫ぼうと大きく開いた口だけはいつまでも見えた。だが一声もなかった。溶け残った肉塊を抱え、ジェノーの服と靴が鉄路から落下する。
 その様子をミナシキが、南塔の最上階から見ていた。
 怒りと恐れで体が熱くなる。
『あそこ!』
 キセリタが叫んだ。北塔、鉄路の三階上の窓。最上階より二階下。長い司祭服を翻し、人影が窓から離れる。
 ミナシキは闇に閉ざされた塔を、大胆に走り抜ける。階下は騒然としている。北塔へいたる渡り廊下も暗い。
 司祭を連れた警護の神官たちが南塔を駆け上がってくる。
 彼らの後を音もなくつけ、震霊のトリガーに指をかける。レーザーを横に薙ぎ、一直線に切った。五、六人、ほとんどの者が倒れた。
 あと三人。
 奇襲に気付いた一人が振り向き、応戦しようと構えた。もう一人の女性神官と司祭が先に逃げ出す。
 神官を撃ち倒し、二人の後を追いかける。
 最上階はガラス張りのドーム天井だった。足もとの照明が柔らかい光を投げかけている。晴れなら星空が見えただろう。
 司祭が付き添いの神官を突き飛ばし、部屋の奥に逃げこむ。その神官を捕まえ、腹を拳で殴った。
 失神した神官を床に放り投げる。
「司祭どの、失礼!」
 震霊を収め、サーベルを抜く。雷がその刃を照らした。
「――その剣、ReRouEか」
 司祭は冷静だった。
「そうだ。術式は効かない」
「物知らずめ、ReRouEをそこまで使いこなせるのは王族の血を引く者だけだ。どこで手に入れたのかしらんが――」
 司祭は後ずさり、いきなり袖をまくった。腕に装着したコンピュータを叩く。仲間のはずの神官を巻き添えに、ジェノーを殺したのと同じ術が部屋に張り巡らされた。
 サーベルで術を突く。切っ先が床に当たった。だが術式に影響は及ぼされない。
「キセリタ、何をしている」
 反応がない。術式が黄色に変わる。
「何をしている! ReRouE=キセリタ、応答しろ!」
 キセリタが我に返る。焦燥の気配が手に伝わり、赤く変じた術式に、キセリタが解除命令を出す。術式は霊子に還元され、目に見えなくなった。
「まさか!」
 司祭は逃げようとしたが、遅かった。
「何故――」
 サーベルが深々と司祭の胸を貫いた。人間の重みが右腕にのしかかる。ミナシキは司祭に顔を寄せ、耳元で囁いた。
「王族だからさ」
 口と鼻から、血が噴き出す。
 サーベルを抜き、縦に円を描いて振り回し、血を払った。
 なめし皮で拭きながら鞘にしまう。
 ドームを洗う雨の滝を見上げ、息をつく。
 最近襟あしが伸びてきた。切りに行かなければ。
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