お話の、あるところ。

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『夢見る病気』豊原ね子

投稿作品『夢見る病気』〈10〉 著者:豊原ね子

第二章 Reginita(第十二枝 春) 第二話――1/3

第二話 ツユクサに銃口を

夕暮れ時の霊廟は、はかり知れない沈黙を集め、その沈黙に自ら抱きすくめられていた。
 溺れるほどの濃密な夕陽は次第に黒の色合いを増し、間もなく霊廟の敷地を広大な闇の迷路に変える。
 吹き飛んだ屋根。倒れた柱。雨ざらしの石床。
 立ち並ぶ列柱の間を、少年がまっすぐに歩いてくる。
 埃まみれのマント。同じく、埃まみれの黒髪。少年はまだ十歳だった。だが聡明で感受性の強そうな顔立ちは、すでに幼さを脱していた。ゆく先の、倒れた祭壇をまっすぐ見据える目には、貫禄さえ感じられた。
 彼はやつれていた。
 水も食料も持っていなかった。
 マントを払う。腰にサーベルを差していた。そのサーベルを祭壇の上に立てかけると、恭しく膝をついた。
「憎いか、ReRouE。無断でおまえを持ち出した私が」
 声には凛々しさと疲れが相半ばしている。
「この身に流れる血に免じて、赦してはくれまいか」
 だが少年に応えるものは、なに一つなかった。鞘の輝きの移ろいが、流れる時を教えていた。
「おまえの助力が必要だ。ReRouE、私は待つぞ。ここで待つ」
 強い風が吹いた。清浄だが冷ややかだった。少年の体に砂埃を吹きつけ、肌の露出したところから、体温を奪い去る。両手を組み、深くうなだれる。少年の口から祈りの声が流れた。

  ―1―

 城壁都市の外周に、ようやっと朝が来たる。嵐が去って二度目の朝だが、見下ろす光景は風に荒らされたままだ。
 らせんに渦巻く坂道を、老人や子供たちが掃除して回る。吹き寄せられた板切れや転げ落ちてきた石ころなどを、両手いっぱいに抱きかかえ、素早く道の端に退避した。
 その後に、数珠繋ぎの手押しコンテナが坂を上がってきた。
 車輪が豪快な音を立て、坂の上下を問わず住居を震わせる。この坂もまた城壁の一部だ。壁を住み処とする人々にとって、耳慣れた生活音。
 コンテナの列は大小の石ころを道に落としていった。もとの色が分からないほど傷んだ服を着た女が、這いつくばって石をずた袋にかき集める。
 男たちが寄ってきて、女を蹴り倒した。顔が見えた。土気色の、年齢がよくわからない顔だった。女は無抵抗だ。なにごとか罵られ、袋を没収された時だけ、それに腕を伸ばして取り返そうとした。唯一の反抗らしい反抗だった。しかし男たちが去っていくと、諦めて肩を落として、女も立ち去った。
 その様子をミナシキが、上の階から見下ろしていた。
 すきま風が吹く小さな部屋だ。部屋だが、ここの住民にとっては、家。便所も浴場も共用。ときおり其処かしこから饐えた臭いが立ちこめ、部屋の中にまで入ってくる。生暖かな陽気が臭気を強めていた。
『においますね……』
「ここはまだマシな方だ。日が当たるだけいい」
 ミナシキ達はもうじきここを去る。だが外周の住民たちは、他に行き場などない。
 ミナシキの本名を、キセリタだけが知っている。
 名前、シキ。城壁最深部の資産家の子弟。レギニータ第一王子ミナシキを連想させる名をつけた罪で、両親は言いがかりをつけられ処罰された。全財産を没収され、本人は命からがら逃走――これがレジスタンス『シキ』の、偽りのプロフィールだ。この『身の上』は仲間たちの同情を買い、溶けこむことに成功させた。
 窓辺から離れようとしたミナシキは、向かいの壁の上を歩く人物を見つけ、動きを止めた。
 薄汚れた青い女性神官服。長い髪。心拍が跳ぶ。キセリタを引っつかんで部屋を飛び出した。
『ミナシキ、どうしたの?』
 薄暗い石の廊下を一直線に走る。
「あの神官だ!」
 司祭と最後まで行動を共にしていた、あの神官だ。監視をつけていたというのに。
 階段を駆け上がり外へ。さっきまでいた部屋の上を走り、橋を渡ってその背に迫る。神官が振り向き、慌てて逃げ出した。
 行き止まりで柵に身を乗り出し、あわや、という所で腰をつかんだ。難なく内側に引き倒す。
「何をするんですか!」
 甲高い声で叫び、再び柵に取り付こうとする。
「それは俺のセリフだ!」
 肩をつかんで戻す。もみ合いにはならなかった。ミナシキを怖がって、その場に蹲ってしまったからだ。もともと小柄なこともあって、怯える姿はリスのように小さかった。
「顔をあげろ」
 顔と頭を両腕で覆っている。
「顔をあげろ!」
 改めて命じると、肩を震わせてから、慌てて腕を緩めた。頬が真っ赤になっている。
「人殺し!」
 と彼女は叫んだ。眼鏡の向こうの目には涙が滲んでいる。
 それから震える声で、
「ごめんなさい」
 と慌てて謝った。
 いい気なものだ。ミナシキは呆れる。司祭がお前を巻き添えに殺そうとしたことも知らないで。
 ミナシキは黙って首を横に振った。
「俺はシキ。おまえは」
「……リコリス」
 泣き出しそうな声で名乗った、
「と申します……」
「まだ若いな。見習いか」
「はい」
 見たところ十九か、せいぜい二十。それ以上ということはあるまい。二の腕を掴んで立たせた。細い腕だった。容赦なく指を食いこませ、引きずるように歩いた。
「痛いです! はなしてください!」
「ここで放す馬鹿がいるか。リコリス、おまえを人質にしたのは俺だ。殺す事だってできたんだ。それを勝手に死ぬなど許さんぞ」
 怯えて黙るリコリスを、ヨセギの居室まで連れて行った。
「ヨセギ! コイツを見張っててくれ」
 ヨセギは銃の点検をしているところだった。
「オレが?」
「レーゼにも手伝わせる。どうやら他の奴らじゃアテにならんようだ」
 リコリスは無理に逃げようとはしなかったが、今度はヨセギの巨体が怖くて体を強張らせている。ヨセギが突撃銃を置くと、腰を抜かさんばかりに飛び上がった。
「どんだけビクビクしてんだよ。人を何だと思ってんだ」
 ヨセギは肩を竦めた。なるほど。素性の知れない男どもに囲まれていれば、年頃のリコリスの恐れとは、つまり。
「よせよ、やりかねん奴だっているだろう」
「余計恐がらせてどうすんだ! ったくよぉ」
「リコリス、余計な手出しはさせない。おまえがさっきみたいな無茶をしなければな。いいか」
 リコリスはずっと掴まれていた二の腕をさすっていた。ミナシキの顔を直視できぬまま、青ざめた顔で何度も頷いた。

 輪廻の鯨を取り巻く城壁都市は、地理的にも内と外とで大きな隔たりがある。
 標高差もある。特に低地に位置するここ外壁と、城壁最深部では、別の国かと思うほど文化の度合いが違う。
 富めるものはレギニータのより内側、より高ところで暮らす。内側の中層は一繋がりになっており、都市が点在する。
 地下層は迷宮だ。
 迷宮には第十一枝へ繋がる『穴』が点在する。
 その中でも、第十一枝独自のやり方で開けられた穴は、レギニータからは塞げない。城壁都市ができるより昔、そこから湧き出てくる蟲を、幾層にも積み上げた広大な迷宮で封じた。第十一枝から流れてくる難民ごと。あるいはレギニータの罪人や政敵が送りこまれることもあった。
 そうした人間たちは群れ、暗黒の迷路を恐れ、はぐれた者から敵に襲われて命を落としていった。無数の棘の生えた細長い脚が、ぬっと行く先の曲がり角から現れて、人間を引きずり寄せては頭を潰し、四肢をもぐ。遠くから、近くからの、同胞の悲鳴に囲まれて、人間たちは暮らしていた。
 生きている人間は、僅かな光源を取り囲み、それを聞いて笑う。遠い声が、あるいは誰か人間の名を叫ぶ時があった。撃たれたように叫び返し、暗闇に駆けてそれきり戻らなかった人がいた。その背を指差す人もまた、薄笑いを浮かべていたのである。何であれ、取り巻く日常を喜劇としてとらえることは、深い知恵であった。
 憶えている。
 憶えている?
 そんなはずは決してない。穴は蟲が通れないよう処理された。レギニータは結界で守護され、迷宮の上には城壁都市ができた。なによりミナシキは、その迷宮に足を踏み入れたことなどない。
 記憶の錯誤だろう。
 ともあれレギニータの人民は誰も、迷宮と死体を踏んで生活しているのだ。
 滅亡に瀕した第十二枝は、穴と迷宮を押さえる形で最後の砦、レギニータを打ち立てた。レギニータの全機構は、主に二つの大きな人工知能によって支えられる。
 まずは、ほぼ総ての枝と分節に配備されている『マンティス』。第七枝発祥の対蟲戦術機構。この葉には、『輪廻の鯨』に隠れてマンティスの母機が浮いている。この分節総てのマンティスを統合するコンピュータだ。
 母機は『MATER(マーテル)』と呼ばれる。マーテルを擁する事実は、この葉が他の葉に対し優位に立っている証である、と考えられる。
 もう一つはレギニータ独自の知性体『インカーネイト』。この世界の保護と再生を目的に設計された機械で、レギニータ内部の政治、統制を主に行う。全ReRouEを統括するのもインカーネイトだ。
 人間の統治者は、インカーネイトと融合することによって王と認められる。
 レギニータ建国六十年の折り、インカーネイトは次なる王に、第三王女を指名した。
 彼女の名はレンシディ。
 彼女には子があった。夫は結界外での遠征中に、既に亡くなっていた。レンシディは王宮に連れ戻され、新たに婿を取った。実子より八つも年上の、新しい娘もできた。王婿ゴドハ、そして王女ロウオク。
 レンシディがインカーネイトと融合し、四代目の『王』となったのは、王宮に連れ戻されて七年目の春だった。
 レンシディの実子は第一王子となり、そのとき、インカーネイトの仮想人格の名こそが『レギニータ』であることを知った。
 王子の名はミナシキ。

 憶えている。これこそは、本当の記憶だ。
 忘れるはずがない。まだ小さかった自分を背負って逃げた、二人の男女を。
 護衛の儀礼銃士のハクレーと侍女のレネイ。インカーネイトに母を取られたミナシキに対し、二人は気晴らしの外出を勧めた。輪廻の鯨を出て、レギニータ上層部を観光する、それだけのつもりだった。
 あれから十三年。ミナシキは今に至るまで、鯨内部の王宮に戻っていない。

「夜の音が聞こえるよ……」
 ハクレーの儀礼銃、震霊が夜空を一閃する。レネイが機関拳銃を持った手で、ミナシキの体を抱きかかえ、路地の階段に身を伏せる。
「王子、何を?」
「夜の音。レネイには分からないか?」
 爆音。レネイは身を竦める。ミナシキの手を引いて階段を駆け上り、広場の腰壁から身を乗り出した。
 震霊のレーザーが点々と走る。ほっと息をつき、身を隠した。
「夜の音、ですか。私には……。さあ王子、隠れましょう」
「レネイ、私も戦う!」
「なりません。王子には戦う術がございません!」
 まだ王子には大きすぎるサーベルに手をかける。鞘から抜けなかった。僅かに覗いた刃が、真っ赤な怒りの火を吹き上げる。
「王子、ダメです、王子。そんな無理をしては」
 衣服を少し焦がし、火はすぐに消えた。
「義父上は私を追っているのだろう! 私は」
「王はあなたに王宮を離れろと仰いました。これがお母様のお望みです」
 レネイがミナシキの腕を取り、無理矢理走らせる。
 私にReRouEが使えたら……。
 詮無い思いだ。王宮から逃げているこの時点で、持ち出されたReRouEは、彼を継承者として認めていなかった。その時は。

 ―2― 

 自室に戻り、やれやれとベッドに腰を下ろした。隣にキセリタを立てかける。することがない。
「キセリタ、そういえば」
 ミナシキは眼差しをサーベルに向けた。
「なぜあの時すぐに反応しなかった?」
『あの時?』
「司祭を追い詰めたときだ。おまえはすぐに術式を解除しなかった」
『あれは……』
 キセリタは少しの間口ごもった。
『交信を受けておりました』
「交信? トルハイヨか、ネルファンか?」
 ラーネッドの二つのReRouE以外、思い当たる節はなかった。
『いえ、私自身信じられない事ですが――』
「言ってみろ」
『マンティスです』
 ミナシキは言葉を引っ込めた。
 マンティスが、何故? インカーネイトの、勝手に持ち出された一端末に過ぎないReRouE=キセリタに対して、何の用事があるという?
「まさか――マーテルか?」
『いいえ。最近マーテルに移送されてきた他の枝のマンティスです。端末ナンバーTX898524IK、かつて第一枝にいたと』
「それはまた遠いな」
『TX898524IKはあなたに協力を申し出ている』
「協力だと? なぜ。俺を探し回っている王婿や王女に協力するなら分かるが」
『マンティスは内政に干渉しません。それはインカーネイトの領域ですから』
「分かってる。それで、協力の理由は?」
『第一枝において、ある人物からあなたに助力するよう求められたと。マンティスはそうするよう約束した』
「その人物とは?」
『〈シキ〉という男性です』
 それは自分が使っている名ではないか。
 口調からして、決してキセリタはふざけていない。
『ナグラ、シキ。第一枝でその名を持つ者に相当する人物が、あなたであると話しておりました』
「相当する人物? 馬鹿ぬかせ。俺のコピーは第十二枝のこの分節にしか存在しない。そんなことは子供でも知っているぞ」
 ミナシキの声に笑いが混じる。キセリタが、不愉快の気をサーベルから放つ。
『笑うの?』
「当たり前だ。信じられるか」
『そう言うあなたこそ何ですか! いきなり『蟲の声が聞こえた』などと言い出して。私はその時あなたを笑わなかったし、信用すると言ったのに!』
「おまえを信用しないってんじゃない。おまえと話したのが本当にマンティスかという話だ。蟲の声云々は関係ないだろう」
 いずれにせよ、キセリタに何者かがコンタクトを取ったという事実に変わりはない。その為に、ミナシキも危うくジェノーと同じく、溶けた肉塊にされるところだった。捨て置ける話ではない。
「……それで……その『マンティス』からはそれっきりか」
『ええ。それっきり』
 キセリタはすっかり機嫌を損ねてしまった。
 靴を脱ぎ、固いベッドに仰向けに横になった。黄色くくすんだ天井を見詰める。
 そういえば、マンティスが住民をレギニータから――第十二枝から逃がすよう指示している、という噂を聞いたことがある。王がそれを拒否していると。無論、噂だ。願望に過ぎない。もし本当だとしても、外周の人間がそれを知る術はない。
 マンティスとインカーネイト、すなわち王の不仲は昔から噂されていたことだ。
 やれ、噂がある。
 最近王が沈黙しているのは蟲との意思疎通の試みに没入しているからだ。そして本当は既に成功している。
 やれ、噂がある。
 分節内の他の葉に移動した者がいると。
 デコヒーレンスの摂理、すなわち各葉の間の干渉性を喪失させる働き、それを弱めさせる超能力者がレギニータ内部にいる。アンチ・デコヒーレンス能力者に報酬を払えば、他の葉を通じて第十二枝から脱出できるらしい。
 ……あるのは噂ばかり。
 なるほど、蟲の声が聞けるレジスタンスの噂があってもいいかもしれない。マンティスに目をかけられたReRouEの噂なども。
 軽い、しかし騒々しい足音が廊下を渡ってくる。
 ノックもなくレーゼが戸を開け放った。
「シキ、今から会議だよ! 昼寝してる場合じゃないってば!」

 夜区間への先遣隊が拿捕された。その報告が入ったのは、大聖堂襲撃の夜明けだった。知らせたのは現地で倉庫番を勤めている、この町の出身者だ。
 北面とのつながりを絶たれることは、武器や資金の流れを絶たれるということだ。大聖堂から強奪した品々を運搬し、金や物資に換えるには、必ず夜区間の協力が必要になる。
「行ってくれるか、シキ」
 司祭を討ち取り、無事合流したミナシキに大佐は問うた。ミナシキはそれを受けた。
 ベルリッツ陸橋、通称大陸橋を通過し、夜区間へ赴く。その為の会議だ。
 ミナシキとレーゼは連れ立って、外周城壁の天辺を歩いた。
 朝日が拝めるこの町も、太陽が中天に昇れば暗くなる。レギニータと輪廻の鯨の影に入ってしまうからだ。外周の反対、西面に太陽が差しこむ頃、それは東面の早すぎる夕刻である。
 レギニータの普通市民は貨幣を持たない。
 労働の対価は霊子で支払われる。霊子は結界や術式弾の構成要素であるほか、電気に変換して各家庭で利用される。物品や家賃などもすべて霊子でやり取りされている。
 レギニータ外周で働く者は、霊子をもらえない者たちだ。
 建国初期に現王族と敵対した勢力の子孫や、犯罪者、危険思想の持ち主と断じられた者、活動家。
 東面に住む彼らは、レギニータからゴミとして廃棄される工業品を漁る。漁ったゴミを加工して、第十一枝のごく狭い交流地区に売りに行く。そこで様々な物品と交換する。レギニータの中流市民が喜びそうなものに。
 半貴石。模様も色も様々な小さな石は、耳当たりのいい『石言葉』なる占い師の文言が付与されて、女性層に人気だ。押し花。海の写真。貝殻。毛皮。観賞魚。喋る鳥。
 それらを売ってなけなしの霊子を得、その霊子を元にまたゴミを加工し、売りに行く。第十一枝の交流地区にはレギニータ兵が常駐し、厳しく監視を行っている。脱走者は即座に撃ち殺され、家族も咎を受ける。
「ねえシキ、あれは何してるの?」
 レーゼが足を止めた。彼女の視線の先に、ミナシキも目を向ける。
 老若男女入り混じる人の群れが、眼下の広場の暗がりに集合していた。広場には荷車も集まっている。城壁内部を更に隔てる、家々の壁の細い隙間を、人々がさかのぼる。空の荷車を引いて。
「ああ、この先の金属最終処理場に行くんだな。クズ鉄を拾うんだ」
「ふぅん。あの荷車が全部埋まるの?」
「とても全ては埋まるまい。レーゼ、内壁中層部の資源運動の時の騒動を知っているか?」
「知らない。なにそれ」
「霊子保護活動家の運動の一環だ。レギニータの金属は全て結界の外で採掘される。それは知っているな。採掘には労働者や技師だけでなく、彼らを守る掃滅機関の兵士や儀礼銃士が同行しなければならない」
「あー。蟲がくれば儀礼銃や術式弾を使う、それで霊子が減るってんでしょ?」
「そう。それはとても正しい事だ。霊子はいわば死者の生命……それにあやかって生きる人間として、霊子の浪費は重大な倫理違反だ。だから霊子も、採掘された資源も当然、大切に使われなければならない」
 術式弾や奪った儀礼銃を使うレジスタンスたちは、そういう面からも憎まれている。
「そうだね。でも内部の霊子保護活動がどう関係あるの?」
「彼らは一時期ゴミ回収貨物を止めた」
 レーゼが目を大きくして、ミナシキの顔を見上げた。
「……そうだ。そんなことしたら、この町の人々がどうなるか分かるな。止めたのは活動家の中でも過激な一派だった。徒党を組んで強引に回収貨物に立ち入り、再利用できる物をより分けた。そしてレギニータ民がいかに多くの無駄遣いをしているかというレポートを議会に提出し……その間、外周の人間たちは何をしていたと思う?」
 レーゼは真剣な顔で考えている。霊子をもらえない人間たちに、レギニータ内部で活動する権利は与えられない。自分たちから回収貨物に向かうことはできない。
「待ってたの? ずっと?」
「ああ。鉄材を持って帰ることが出来る、出来ないの問題じゃないんだ。持って帰らなければならない。でなければ生きていけない」
 生ぬるい春の風が二人の肌をなでる。嵐が去って、より一層レギニータは暖かくなった。もう一度ぐらい寒気の揺り戻しがあるだろう。それから夏が来る。
 風は温かいばかりでなく、ほのかに鉄くさい。
「あーあ、明日から夜区間か」
「そう嫌な顔をするな。俺たちだけに関わる務めじゃないんだ」
 南面から夜区間に働きに出た者たちも多くいる。その人たちの情報をもたらすがレジスタンスたちの役目でもある。
 だからこそ、ここの住民たちは厄介者の彼らを匿ってくれる。レジスタンスたちが落とす金品ばかりが目当てじゃない。
 繋がっていたい人たちがいる。
 ミナシキは歩き出しながら、北の空に思いを馳せる。
 レギニータと輪廻の鯨の影に入り、明けない夜の世界。その上空、輪廻の鯨の影に隠れてマーテルは浮かんでいる。
 そこに、己と繋がりを求める一つの意志があるらしい。
 ミナシキの視線が鋭くなってゆくのを、レーゼは隣で静かに見守った。

 廃霊廟に、昼が過ぎ、夕刻がまた来る。少年が引きこもって五度目の夕刻だった。
 時折遠くに水を飲みに行く以外、ミナシキは祈り続けた。王族だけが唱えることを許された、最上級霊子賛美の祝詞だった。唇はひび割れ、血が滲んでいる上に、しびれて震えている。絶食による眩暈と膝の痛みで、時折大きくよろめいて横倒しに倒れた。その度に手を突いて起きる。
 祭壇に立てたReRouEを、霞む視界に入れる。
 天の光の眩しいこと。夕陽が辛くてうなだれる。
「ReRouE……」
 祈りの言葉を止め、ミナシキは語りかけた。
「レギニータは滅ぶ」
 ReRouEは何も反応しない。鞘の装飾に落日のありようを映し出すばかりだ。
「王インカーネイトは必ずや私を捕らえろと指令した。母上は、王レンシディは私に逃げろと仰った。この意味が分かるか?」
 水気のない舌で唇を舐めた。
「機械、インカーネイトとしての王……人間、レンシディとしての王……この二面が乖離しているのだ。今はどうだ。あれほどの追っ手がもうない」
 レンシディが、王子を追うなと指令したからだ。
「『インカーネイト』と『レンシディ』は相克しているのだろう。一体の王として母上と機械がやっていけぬなら、レギニータもまた滅ぶ」
 立ち上がろうとした。
 足が素直に立たなかった。掌で這い進む。
「私はそれを止めなければならないんだ。だがもう私に味方はない。レネイもハクレーも死んだ」
 祭壇の前に進み来て、ReRouEに手を伸ばす。届かない。近くの瓦礫で体を支え、懸命に右腕を伸ばした。
「応えてくれ、ReRouE! 私は王子だ、王を止めなければならないんだ!」
『おやめなさい』
 声は唐突に聞こえた。背後から聞こえたようにも、目の前から聞こえたようにも感じた。
 それが待ち望んだReRouEの声だと、すぐには気付けなかった。
 振り返る。風が吹いている。夕焼けと同じ色の風が。
『……もう、おやめなさい』
 女の声だ。背中から、柔らかな、女性の気配に包まれた。
「おまえは」
 指先で鞘の先を押す。バランスを崩して落たサーベルを、両腕で抱きとめる。
『キセリタ』
 サーベルの柄に手をかける。鞘を引いた。キセリタが、その日初めて白い刃を見せた。

  ―3―

 結界の外でしか手に入らないものは、金属資源だけではない。大量の霊子がそうだ。
 輪廻の鯨、一辺二百余キロメートルの城壁都市レギニータに加え、南面の農耕地、東西と北の領土を覆う結界の霊子量は、とても結界内部だけで賄えるものではない。
 それらは周辺の山河から吸い集められる。
 王レンシディの最初の夫は軍人であり、結界技師の家系の者でもあった。彼は霊子吸収の新たな基点の視察に行き、事故で命を落とした。
 レンシディは、夫の面影を色濃く残す息子を溺愛した。
「ミナス、私とお前はこれからずっと、ここで暮らすのですよ」
 輪廻の鯨の眺望を遮るものはない。
「あの山をごらんなさい」
 レンシディは膝にミナシキを抱き、望遠鏡を握らせる。灰色に枯れた山脈と、緑に生い茂る草原とが、結界の境界線を教えている。
「だれがお母さまとわたしを、ここによんだのですか?」
「インカーネイトの意思ですよ」
 レンシディがミナシキの胸に手を当てる。
「ミナス。あなたのここに、お父様は生きておられます」
「お父さまが」
 望遠鏡をおろし、尋ねる。
「ではだれが、わたしのここにお父さまをよんだのですか?」
「インカーネイトの意思ですよ」
 見上げた母の顔を覚えていない。思い出せない。笑っていた。その口ばかり印象に残っている。
 やたらと大きかった。
 顔の半分が口だった。その唇は、真っ赤で厚く、笑っていて、耳まで広がっていた。
「この大地をもっと枯らすために」

 ひれ伏せとばかりに、頭上から強い風が吹き降ろす。
 頭から足に怯えがすとんと抜けて、ミナシキは我にかえる。
 怯え……怯えていた? 何に?
 霧の中を歩き続ける内に、意識が過去に持っていかれていたようだ。
 現在、ここは大陸橋の入り口。
 しかし何故、俺の昔の記憶は変形したものばかりだろう?
 母親の唇があまりに巨大だったなど、――そんなことある筈なかろうに。
 薄気味悪い粘度を持つ突風が、また頭頂を叩く。恐ろしい音がした。見えない人間が繰り返し繰り返し、飛び降り自殺をしているような、それも、意志を持って自分めがけて飛び降りてきているような、そんな風であった。
 後ろのリコリスが遅れ気味だ。レーゼがリコリスの背中を突く気配。ヨセギがリコリスの横についている。四人は何も言わない。足もとは霧に濡れる鉄路。右手側は腰丈の柵があるだけで、落差数百メートルの断崖になっている。左手側には、見上げる高さでレギニータの外壁が聳えている。隙間のようなか細い道を、四人は歩いている。
 風の塊が落ちてくる。髪が水滴を吸い集め、頬にそっと流す。
 古い記憶などどうでもいい。案ずるべきはこの湿度だ。震霊の威力がおちる。人間の相手をするのにさほどの威力は必要ないが、それにしても、外周の町では霊子を補充できなかった。それが気がかりだった。
 行く手で道が開ける。レギニータの外壁が抉れ、道が広くなる。ちょっとした広場だ。
 広場には首吊り台が置かれていた。
 四人の仲間のレジスタンスが台に吊るされていた。
 いずれとも裸に剥かれている。
 生々しい銃創の残る体は、高い湿度のために腐り始めている。両肩が垂れ下がり、首がいやに長い。舌を飛び出させている者は、まだ生きている内から吊るされたのだろう。首吊り台には『封じ』が張り巡らされていた。洗礼を受けた砂と、鳥の羽毛の混合物が撒かれている。さらにその周囲を杭と白布で取り囲んでいる。霊子を逃げられなくする呪縛。もし大聖堂を襲撃しなかったら、ただちに上級神官が回収し、結界に取り込んでいただろう。
 リコリスが震えている。霧の寒さのせいではあるまい。
「なにやってんだよ」
 レーゼがその背を無情に突く。
「歩けよ、おい」
「やめろ」
 ミナシキは小声で叱責し、そして見てしまった。
 レンシディの大きな顔が、断崖の向こうの空を飛んでゆくのを。
 一瞬だった。目は影になって見えなかったが、真っ赤な唇がやたらと大きかった。そして笑っていた。暗い雲の海原を背景に、それは突風にくるくる舞いながら、笑ったまま崖の下に落ちていった。
 ミナシキは目を閉ざし、静かにうなだれる。――それは彼なりの悼みの表現だと、仲間たちには見えただろう。レーゼもリコリスをなじるのをやめる。
 ……俗に幽霊と呼ばれる、新鮮な霊子結晶体を、先天的に視覚化できる人間がいる。だが違う――俺はそうじゃない。俺は『見える人間』じゃない。きつく己に言い聞かす。目を開けた。おかしなものなど何もなかった。顎を上げる。高く。
「走るぞ!」
 リコリスの腕をつかみ、強引に走らせた。広場を駆けぬける。その先の、鉄道会社の倉庫まで。
「おおい!」
 大柄なヨセギが前に立ち、両腕を頭上で振った。
「おおい、助けてくれ!」
 壁の中に作られた事務所の窓に、何事かと人が集まってくる。
「おぉい!」
 飛び出してきた鉄道員に、ミナシキは訴えた。
「俺たちは『暁の僕教会』の警備兵の生き残りだ。あなた方に保護を願いたい」
 捕らえられた時から着たきりの、青い神官服のリコリスを腕で示し、神官であることを知らせた。
 彼女は両脚を震わせて、今にも座りこんでしまいそうだ。この顔の青さは演技では出せない。
「助けてください……」
 言え、と言われたことだけ言うと、本当にしゃがみこんでしまった。ミナシキはその白いうなじを見る。今目をそらすともう一度、レンシディが見えそうで。

 ――いい子ね、ミナス。本当にいい子。ミナス。おまえは、優しい子よ。
 ――お母さま、『ミナス』はお父さまのお名前です。

  ―4―

 一階奥の、窓のない休憩室に通された。
 昼時だというのに休憩に来る者はいない。ただ広いだけの殺風景な部屋。表情のない四人の『客』。
 チェス盤を見詰めるリコリスは、首吊り台に吊るされる己を想像しているに違いない。ヨセギとレーゼは唯一のドアを警戒している。ミナシキも立ったままでいる。精神を蝕む静けさだ。
 リコリスの名を呼んだ。彼女は身を竦ませつもミナシキを見た。目には沈黙から救われた安堵が微かに浮いていた。
「大聖堂を攻めた夜、逃げようとしている神官たちを見たぞ」
「はい?」
「革命の話をしていた」
 リコリスの視線が遠くなり、焦燥が顔を撫でる。
「この大聖堂に留まっても、俺たちは口実をつけて始末されるだけだ、そう話していたぞ。お前の仲間なんじゃないのか?」
 でなければ、司祭もやすやすと彼女を見殺しにはしなかっただろう。
 下唇を軽くかんで、目を伏せてしまった。レーゼもヨセギも視線が鋭い。
「教えてくれ。いま輪廻の鯨で何が起きてる?」
「革命……」
 その言葉に酔いしれたか、一瞬、陶然たる光が油膜のように彼女の目を覆った。それから激しくかぶりを振った。機械人形のように、激しく激しく。両手で顔を覆った。
「……革命がしたかったんです……」
「あら、まあ、なんて聖職者なの」
 わざとらしい女言葉は、嫌味を言う時のレーゼのクセだ。
「気に食わない奴はみぃんな殺して霊子にしちゃいましょ! ってワケ?」
「やめろと言っているだろう、レーゼ! ……革命? まさか神官が鯨あいてに武力闘争じゃあるまい」
「『メイニィ派』と呼ばれる一派がマーテルに記録された『他の葉』の情報公開を求めて運動しています。……いえ、もう過去形になってしまったかもしれません」
「メイニィ。それは古い名だな。建国時代の神学者だろう。だが分節の他の葉についてなど何故知る必要がある?」
 レギニータが位置する分節の全ての葉に、マンティスが設置されている。一つの問題に対して全てのマンティスがあらゆるやり方で計算を行い、結果、超高速の演算を可能としている。
 マンティスは唯一、デコヒーレンスの影響を受けない存在だ。 そして分節の全てのマンティスを統合するのが母機マーテルである。
 全ての葉の記録を擁するマーテルの存在は、すなわちこの葉が他の葉に対して上位に立っている証。
 ならば他の葉は下位世界であり、その歴史は正しいものではないと解釈されるべきか?
 そうではない、全ての葉が平等であると提唱したのがメイニィである。
「……人は死ねば霊子還元され、レギニータの動力や、各家庭の電気や結界になります。それはこの世界を生かす為に必要な尊い行為であると解釈され、とりわけ聖職者が批判を加えるというようなことは許されてきませんでした」
 ミナシキは吊るされた仲間たちを思い出した。彼らはレギニータの機構に取りこまれることで、ようやく反逆の罪を赦される。それまでの間は? ……あの狭苦しい『封じ』の内側で、出してくれ、出してくれ、と涙を流しているのか、今も?
「だけどそれは本来とても無情なことだと先生は仰いました。人は本来、完全に霊子として還元されきるまで記憶と人格をとどめておくことができる。死霊、幽霊と呼ばれるものです。それらをかき集めて解体するなど、人間の尊厳への冒涜です」
「そうなった時、死者の人格は多世界に生きる自分のどれか一人に統合されると教えるのが教会の仕事だろう」
 なにせ神の教えなのだから。
 神とは、最上級霊子の仮想人格の名だ。どこの枝葉でもだいたいそうだ。その名のもとに銃に洗礼を施し、儀礼銃が生み出される。人々はその大いなる力と摂理を信仰する。
「……だけど、シキさん、多世界に生きる自分もいずれは全て死に絶えます。その時初めてレギニータを出れると庶民は希望しています。だけど本当にそうなのか、自由に外界と交流できるレギニータが、本当にどこかの葉に存在するのでしょうか。都合よく最後にその葉で死ねるでしょうか」
「それを知りたいがために?」
 マーテルにアクセスできるのは唯一、王だけである。そのマーテルの情報の開示などどだい応じられるものではない。まして神職が面に立って活動しているとは。
 輪廻の鯨をのがれて月日が経つが、随分と様変わりしているらしい。
「それだけではありません。教育がいきわたった今、『上位の葉の民』としてのアイデンティティーが揺らぎ始めているのです。おそらく他の葉の民は、マーテルの存在など知らないことでしょう。それと同じで私たちが知らないマーテルの上位コンピュータをもつ葉が存在するんじゃないか。その葉の人々は自分たちを見下しているんじゃないかと考える人が増えています」
 加えて教会の教えでは、死ねば人格は『下位』の世界の自分に統合される。それに対する屈折した心理も働いているはずだ。
 上位者を恐れる心理と同時に、平等を唱えたメイニィの考えが今、革命という言葉が出るほどに支持を集めているということだろう。
「だけど王は沈黙を続けたままです。蟲との意思疎通をはかりそちらに没入している。いま実質政治を取り仕切れる他の王族だけです。なのに王族は言論統制と締め付けばかり。今じゃレギニータの普通市民は誰も第十一枝に出て行けない」
 リコリスの目に強い光が宿った。ミナシキたちへの怯えは消えねど。
「だけど、そんなんじゃダメなんです! レギニータには新しい信仰が必要なんです!」
「おい」
 ヨセギがドアから声をかけた。唇に人差し指を当てる。リコリスはしゅんとうなだれた。
「……私たちは、レギニータに必要なことをしているんです」
 国賊なんかじゃない。
 そう言いたいのだろう。
「シキ、人が来るよ」
 レーゼが言って、部屋の隅に戻ってきた。
「失礼します」
 入ってきたのは鉄道会社の警備員だった。
「ええっとですね。神官リコリス様の身元の照会が完了しましたので、今夜にでも中央ターミナルの方に移動をお願いしたいと思います。神官様のお連れの方にはそちらで改めて検査を行っていただきますが……」
 黙りこむリコリスを、ミナシキはそっと肘で突いた。
「構いません」
 警備員を見ずにリコリスは言った。
「……では、そのようにお願いします」

 その夜、ミナシキたちは回送列車に乗せられた。貨物輸送車の最後尾、乗員の仮眠室に案内を受けた。頑丈な鉄骨の柵が、窓の外を流れていく。リコリスは窓辺に座り、その鉄骨と夜闇との縞模様を凝視している。
 革命についてひとしきり語った後、彼女はすっかり黙りこんでしまった。無気力から来る沈黙ではなく、大事なことを語ってしまったから後悔した、それゆえの黙りこみであると思える。
 だが沈黙を守り続けられるほどにも強くないだろう。ミナシキは二段ベッドの二段目で目をつぶっていたが、眠ってはいなかった。リコリスが口を開くのを待っていた。
「あの……」
「何だ?」
 ヨセギが応じる。
「中央ターミナルであなたたちを検査するって、言ってましたよね。どうするんですか?」
「中央ターミナルにゃ着かんよ。なあ、シキ」
 背中を向けていたが、目を開けて、はしごを使わずにベッドを降りた。
「どういうことですか?」
「レーゼ」
 合図を受けて、レーゼが真っ赤な消火箱の把手を引く。
 格納された銃器弾薬を見て、リコリスが絶句する。
「なんせ、俺たちゃ『ほうほうの態で逃げてきた神官様ご一行』だからな。物資は現地調達だ」
「誰がこんな」
「誰? 決まってるだろ? 中で働いてる現地の人間だよ」
「どうして」
 レーゼがいかにも軽蔑した様子で、鼻を鳴らした。
「自分で考えれば」
 うなだれたリコリスを見て、ミナシキも解説が面倒になり、黙っておくことにした。
 この鉄道会社は第十一枝からの亡命者たちが興した会社だ。当時、外周に最も近い内壁に追いやられていたレギニータの技師たちが、鉄道敷設に名乗りをあげていた。しかし政府は、自分たちが追いやった者たちの嘆願に耳を貸さず、よそ者たちを引き立てた。当時のことを今でも彼らは恨みに思っている。
「おめぇよお、なあ、神官さんよ。どういう事情でカテドラルに飛ばされてきたか知らねえが、本当に何も知らなかったのかい? 教会ってのは週一ぐらいか、人を集めて説教垂れるんだろ? その人たちを見なかったのかい?」
「外周の住民たちはろくすっぽ教会に通わない」
 ミナシキは止めに入った。
「生活に一番必要ない行為だからな。だから度々視察の者が派遣された。だが準氾濫分子とみなされて飛ばされてきたお前たちは、何も知らされず下働きのような労働ばかり……そういうことだろう」
「どうしてそれを?」
「度々視察が来ていたことは聞いていた。後のことは想像だ」
 軽い電子音が車内に跳ねた。リコリス以外の三人が、それに身を硬くする。素早く目配せをしあう。
「リコリス! こっちに来い!」
 電子音が午前零時を報せる。
 ミナシキはリコリスのもとに走り、その頭を無理矢理腕で抑えこんでしゃがませた。
 一拍置いて、列車が急ブレーキをかけた。
 ヨセギが二段ベッドの脚につかまり、レーゼは消火栓の箱の陰に蹲った。
 轟音が車両を満たし、内部の者たちの耳を聾する。前のほうの車両に、大量の硬いものが降り注いだようで、それは直撃した車両を押しつぶし、レールを塞いだ。
 やがてそれは、何かが降りそそぐ程度の音に変わり、ミナシキは緊張を解く。照明が落ち、暗闇しか見えない。
 車両の前後は完全に分断された。リコリスから腕を放す。
「行こう」
「どこへ」
 リコリスが尋ねた。
「さきほど通過した夜区間への分岐点へ。夜が明けるまでに距離を稼ごう。急ぐぞ」
 闇の中で、弾倉にマガジンを詰めこむ音が、ミナシキの声に応じた。
 この場所から夜区間へ。夜区間からレギニータへ。そして輪廻の鯨へ。
 鯨に行って王を止めなければならない。
 ミナシキはヨセギとレーゼを頼もしく思う。
 利用するのに、彼らは本当に適しているのだから。
 レーゼが非常用ハンドルを回す。闇に目が慣れてきた。列車のドアが開く。
 凄まじい突風が、顔面を直撃した。
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