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『夢見る病気』豊原ね子

投稿作品『夢見る病気』〈12〉 著者:豊原ね子

第二章 Reginita(第十二枝 春) 第二話――2/3

―5―

 霧雨が風に煽られて舞いこみ、列車の床を濡らした。リコリスが体をわななかせる。レーゼの瞳が一等星のように光っていた。永遠に孤独な星。レーゼから外に出る。
 レールの幅に余裕はない。鉄柱が並んではいるが、それは人間を守るにはあまりに幅広すぎる。
 車体に手を添え、慎重にレーゼが狭い隙間を横歩きする。
「よし、行ける!」
 やがて後方からレーゼの声し、ヨセギとミナシキは安堵した。
 次にヨセギが列車を出、無事車体の後ろにたどり着く。
 ミナシキの番だ。
「いつまで座りこんでるんだ」
 神官は己の体を抱き、歯を鳴らしながらミナシキを見上げた。
「来い。早く」
「できません」
 外は無明の闇。足を踏み外せば命はない。
「いやです、無理です」
「残るか? 助けが来るかもな」
 ミナシキは言った。
「救助の者はおまえを捕らえるだろう。既に俺たちの片棒を担いでいるからな。そのうえ思想犯だ。無事生かされると思うか」
 リコリスの肩が力むのが見て取れた。
「最初からそのつもりだったの?」
「いまごろ気付いたか。分かったなら早く来い」
 車体と断崖の間には、歩幅一歩分の隙間があった。背中から押し付けるような風が吹いたと思うと、今度は上から吹きおろす風が、車体と人体を引き離そうとする。リコリスがおっかなびっくり、ミナシキについて外に出た。
 ミナシキが列車の後ろにたどり着くと、レーゼはリコリスを意図的に無視して歩き出した。リコリスも、何とか無事に隙間を抜けた。まだ震える足でついてきた。
 壁に、整備作業用のはしごが取り付けられている。その上の猫走りに上り、震霊を二度、上空に向けて連射した。
 間もなく轟音が来て、列車の最後尾に銑鉄が降り注いだ。
 音が止めば、あとは眼下に雨の幕が光るばかり。

 四時間、定期的に先頭を入れ替えながら一向は歩き続けた。
 リコリスが遅れがちだ。レーゼは時折思い出したように足を早める。しんがりのミナシキがリコリスの背をたまに押し、先頭と距離が開かぬよう調節する。
 やがて、壁から大きく張り出す建造物が遠くに見えてきた。
 オーバーハングの下に、今いる猫走りが続いている。
 夜区間への中継地点だ。たくさんの窓に明かりがついている。
 リコリスがうずくまった。
「歩けるか」
 リコリスの肩に触れる。冷たい。
「あそこに入れば風がやむ。そしたら休もう。さあ」
 立たせて歩く。四人は張り出しの下に入った。
 窓の明かりがここまで届く。頭上の正規通路を慌しく足音が行きかう。ヨセギの肩をつついた。
 次にヨセギがレーゼの肩をつつく。先頭交代の合図。ミナシキが先頭に立ち、ハンドシグナルを送る。
 臨戦用意。
 闇の中で三人が銃を手に取る。頭のすぐ上を、二人分の足音が通っていく。そちらに気を取られていた。
 リコリスが急に走り出したのを止められなかった。
「助けて!」
 けたたましい足音を立てながら、リコリスが叫んだ。
「助けてください!」
 頭上の足音が走る。ミナシキはリコリスを追った。
 行く手の鉄階段にブーツが見えた。リコリスに背中からぶつかり、通路に転ばせた。伏せたまま足を撃つ。転げ落ちてきた二人の警備兵に、息もつかせずとどめを刺す。
 リコリスが叫んでから十秒と経っていなかった。
「このヤロウ!」
 レーゼがリコリスをつかみ起こし、平手打ちをくらわせた。リコリスが手すりで腰を打つ。崖に向かって倒れるのを、ミナシキが慌てて引き寄せた。
「もうやめて」
 強風が雨水を抱き、四人と二つの骸を襲う。
「こんな事はもうやめて!」
「ふざけんなブス、誰のせいこうなったと思ってんだ!」
 レーゼは容赦なくリコリスをなじった。
「だから、あたしらはやり過ごそうとしてたじゃないか。馬鹿が騒がなきゃこんなことにはならなかったんだ。えっ? 誰のせいで死んだと思ってんだよ? 撃ったのはシキだから自分関係ないとか思ってんじゃねえだろうな!」
 更にたたみかけて言う。
「お前が殺したんだよ、神官さん。それにあんたは騒ぎ立てることであたし達をも殺そうとしたんだ」
「レーゼ、そこまでだ」
 硬直するリコリスの肩を引き、強引に自分のほうを向かせた。そして、その目に向かって宣言した。
「今度やったら殺す」
 レーゼが通路につばを吐いた。
「覚悟しろ」
 蒼白な顔で頷くのを見届け、進行方向に向き直った。
 いきなり視界が白くなる。
 何事かと思って間もなく頭の中にノイズが流れた。
 そのノイズから声が聞こえてくる。
 初めて油狗の声が聞こえた時ほどのショックではない。
 ミナシキは盛大にため息をつき、目をこすった。視界は僅かに霧がかっているが、塞がれていない。全くなんだと言うのだろう。
 漠然とした意志がノイズの中から広がってくるが、意味がよく分からない。
 死体をまたぎ、先へ進む。リコリスが怖がっているが、構っている余裕はなかった。
 階段に足をかける。
 ――いるのか。
 唐突に意味が頭の中に広がった。それは霧に溶けて淡い桃色をした〈期待〉の意味だった。
 ――誰か聞いているか!
 階段の先の片開きの戸に、身を寄せて耳を済ませた。服越しに鉄の冷たさがしみる。そっと押して開ける。中は倉庫で、照明がついていたが、無人だった。
 ――ああ、聞こえている。
 ――我々は全滅した。他の奴らは外に棄てられている。
 夕陽に照らされた広場らしきところに、蟲の死骸が山積みにされている。その映像が頭に届いた。
 ――そうか。
 頭の中で応えると、視界の霧が一点に収束し、桃色にそまった。幻の色は尾を引いて、倉庫の向こう側に飛んでいった。
 意識だけ、一瞬倉庫の先に飛んでいった。
 四角い廊下。低い天井。銀の扉があり、誰もいない。
 先へ進む。木戸を開く。先に見た光景がそこにあった。
 四角い廊下。低い天井。銀の扉があり、誰もいない。
 額に汗が浮いた。両手に震霊を握るミナシキは、またも扉の先を見る。
 眩いばかりの明かりが点る吹き抜けの廊下。向かいに二基のエレベータ。
 銀の扉に歩み寄り、耳を寄せ、そっと押し開けた。
 強烈な白い照明が頭上に輝いていた。高い吹き抜けの二階だった。円形廊下の手すりにも、不必要なほど電気が取り付けられている。向かいには二基のエレベータ。
 あっ、とレーゼが声をあげた。
「見て、あれ!」
 眼下のエレベータホールに、幾体もの蟲が横たえられていた。それらは皆四角いストレッチャーにがんじがらめに縛り付けられ、多くが息絶えている。三十体ほどだ。中央に、窮屈に六本の足をばたつかせている、裏返しの細長い蟲がいた。
『俺を呼んだのはお前か?』
 頭の中で呼びかけた。呼応するように蟲が動きを止めた。
『……まさか、ヒトか!』
 女、いや、雌だとミナシキは思った。
『ああ、俺だ』
『ヒトの……雄か』
「何これ」
「蟲だろ」
「知ってるよ! シキ、分かる?」
 レーゼを顧み、口を開いた。
「恐らくクジラに運ぶのだろう。恐ろしいな、なんて鮮やかな手口だ……毀損がほとんどない」
「ホントだ。こんなにいるのにね」
「掃滅機関の者にしかこのような業はできまい。実験に使うのだろう」
 敵に回したくない相手だな、と付け加えた。
「まだ実験をしているのか、鯨は」
「実験?」
 レーゼが耳聡く突っこんでくる。
「実験ってなに?」
 ミナシキは口をつぐみ、首を横に振った。
「行くぞ、今はそれどころじゃない。何か聞こえないか?」
 ミナシキはもう一度頭の中で語りかける。
『逃げたいか? ムシの女』
『……あり得ん。ヒトと意識が重なるなど』
『ああ、俺もあり得んと思っている』
 レーゼが首をかしげた。
「何も聞こえないよ」
「ならいい」
『チャンスをやろう。俺たちを襲わないと誓うならな』
『襲わない? 私は腹が減って仕方がない』
「先に行ってろ」
 ヨセギに顎で、回廊の内側へ続くアーチ型の通路を示した。
「早く、すぐに行く」
 腰を落とし、震霊を両手に構えた。エキスパンダーを慎重に調節する。開けすぎず、閉じすぎず。
「おい」
「行け!」
「まったく。やっぱトンでもねぇ野郎だ、お前は」
 呆れながらも、リコリスを連れてヨセギは走り出す。
『上等だ。人間ならこの上に食いきらんほどいるぞ。そいつらを襲え』
『私を討たんのか』
『もしこの会話がおまえの夢なら、俺はおまえを撃ち殺すだろう。逆にこの会話が俺の夢なら、おまえは俺を食い殺す』
『いいだろう』
 単射モードに切り替える。発射音が放たれ、鎖を断った。
 蟲が身を返す。メタリックブルーに輝く頭部が見えた。斑猫(ハンミョウ)だ。金属光沢を放つオレンジに、コバルトブルーの斑紋。その中の、こぼれたミルクのような白い紋。
 斑猫は翅を広げて舞い上がる。それはミナシキへは目もくれず、愉快を示す明るいブルーの気を撒き散らしながら、天井付近まで舞い上がった。
『本当に俺を食わんのか? 変わった奴だ』
『よく言われる。なるほど、変わり者と悪運の持ち主に、種は関係ないらしいな』
 ホバリングを続けるその姿が、妙にまぶしく目に映った。
『じゃあな!』
 斑猫は去り、ミナシキは仲間と合流した。
「基本的に入った扉と反対方向へ。壁の内側に出られるはずだ」
 引き続きミナシキが先頭、ヨセギにしんがりを任せる。
 幾度となく折れ曲がる廊下。暗い進路ばかり選んだのに、それでも四人と鉢合わせた。交戦になる前に黙らせたが、五度目にして撃ちあいとなった。
 屋外通路に出たとき、最後尾のヨセギが交戦を始めた。四辻の角に身を隠し、追っ手の警備兵らを迎え撃つ。ホイッスルが響く。手榴弾が投げこまれた。
 違う角から撃っていたミナシキと、他の三人とが分断される。辻の中央に大穴が開いた。走って逃げたミナシキは、爆音と同時に地に伏せた。
『ミナシキ、どうするの?』
 振動がやみ、顔を上げたミナシキにキセリタが問いかけた。
「俺がいなくてもヨセギは夜区間を目指す。レーゼもな」
 ミナシキは己の身を隠すため逃げだした。
 通路の向こうの建物では、怒号が飛びかっていた。
 下には国賊。上では斑猫が暴れているのだろう。

 外通路の作業階段をおり、壁沿いの猫走りを歩く。斑猫はどうなっただろう。どこかから水の流れる音が響いてくるばかりだ。猫走りが行き止まりになり、扉が現れた。扉を開けると、黴と汚物の混ざり合った風が顔に吹いた。水音が大きくなる。
 ペンライトを手に歩く。休憩室が行く手にあった。
 休憩室に入り、濡れそぼつ片マントを脱いだ。隠されていたキセリタが露わになる。ベッドに腰を下ろした。
『さっきは』隣に寝かされたキセリタが問いかける。『あの蟲と会話をしていたの?』
「聞こえたか?」
『いいえ。あなたの様子がそうに見えましたから』
「ああ。奴は俺に襲いかからなかった」
『どんな話を?』
 ミナシキは横になった。
「上を攪乱しろと言った。おまえは? あれから第一枝のマンティスとの間に何かあったか」
『依頼を受けました。ミナシキをマーテルのもとに連れてきて欲しいと』
 ミナシキは黙ってその先を促した。
『TX898524IKは本来第十二枝まで来るはずの個体ではなかった。第二枝において情報提供や分析の協力などやるべき仕事をこなしてから許可を得て第十二枝に来たと申しておりました』
「俺に会う為に?」
『えぇ。TX898524IKが第一枝を脱したとき、あなたはまだ王宮に住んでいた。第十二枝に置き換えれば十三年以上の時間を要したことになります』
「そうまでして何故」
『私もそう問いかけました。全てはある人間との約束のためと答えていた。通常マンティスが人間の一個体に執着することは考えられません。ただ、今はどうだか分かりませんが、第一枝での任務は過酷なものでしょう。
 まず第一枝は、近年蟲の侵攻が始まるまで人間側からも認知されていなかった。マンティスや儀礼銃が持ちこまれたあとも、ごく限られた者にしか多世界の存在は打ち明けられなかった。同類の機械がほとんどいない中、彼は第一枝の人類のために蟲たちと戦わなければならなかった。
 その過酷な状況が、他のマンティスと異なる回路を自己開発しえた要因であろうとTX898524IKは自省しております』
 ミナシキは黙って聞いた。キセリタは少しの間をあけた。
『TX898524IKはインカーネイトを通じて私を探りあてました』
 ミナシキは寝たまま、内ポケットから手鏡を取り出した。サーベルの向こうに置くと、中にキセリタが映し出された。
 彼女は脱走者に持ち出されたReRouEでありながら、インカーネイトにその機能を停止されなかった。それはどの様な状況にあろうとも、そのあるがままを見ることが全てのReRouEとインカーネイトの発展に役立つことだからだ。キセリタが機械でありながらここまで複雑な感情を持つに至ったのも、インカーネイトのそうした尊重が基底にあるからだ。
 ReRouEは旅に出されたかわいい子だ。親なるインカーネイトの助力を受けられずとも、インカーネイトがReRouEを放棄することなどあり得ない。ネルファンやトルハイヨのような、悲惨な状況のものもあるが。
 インカーネイトはキセリタを放置しているだけでなく、その持ち主の居所まで分かっている。
「だがマンティスとマーテルが絡むなら、インカーネイトはいつまでも俺と事態を放置しない。まして俺は国賊だぞ」
「TX898524IKにもその懸念は伝えてあるわ」
 あれこれ考えようとする前に、強い疲労が襲い掛ってきた。ミナシキは鏡に手を伸ばす。キセリタも指を伸ばし、鏡を挟んで二人は互いに触れようとし、微笑んだ。
「……少し休む。九十分で起こしてくれ」
 ミナシキはすぐ寝付いた。だから、キセリタがまだ手を伸ばし、その寝顔に触れようとしたが、出来ず悲しげな目をしたことなどは、知るよしもなかった。
 夢を見た。
 人間の大きな顔がたくさん、たくさん、空から降ってきて、それらは地面で弾けて水になる。やがてレギニータが海になり、それでも降ってくる人間は後を立たず、ついに水面が輪廻の鯨の頂まで届くかという頃になる。
 水の上には展望室があり、若い母親が幼い子を抱き朝日を見ているのだ。
「起きて、ミナシキ」
 キセリタが呼んだ。
「もう時間か?」
「ええ。それと、マンティスから新たに交信を受けました」
 眠気が吹き飛び、起き上がった。
「私、マンティスTX898524IKはミナシキを支援する。夜区間へ抜ける近道を案内すると申し出ております。受けますか?」
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