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『夢見る病気』豊原ね子

投稿作品『夢見る病気』〈13〉 著者:豊原ね子

第二章 Reginita(第十二枝 春) 第二話――3/3

―6―

 建国時から、女性神官は可憐なツユクサに喩えられてきた。それは人の来ぬ草原の一隅に、あるいは観葉植物の誰も見ぬ葉陰にひっそり青い花を咲かせている。
 レギニータに移住する人間を選出した、通称『大選民』。
 それにあぶれた者たちの反乱から、手を取り合って移民たちを守ったのが有志の女性神官たちだった。はかなく命を散らした彼女らを悼み、春の野辺に咲く野草に姿を重ねるのだ。
 リコリスと仲間はどうしているだろう。
「受ける」
 ミナシキは決断した。
「信じるの? 本物のマンティスだとは限らない、でしょう?」
「だがお前はマンティスだと判断し俺に知らせた。俺にはお前を介してしか事を知りえんからな」
「あなた……」
 キセリタがしてもいない息を震わせた。
「何をしている。感極まってないで早く取り次げ」
 鏡をしまって言うと、不機嫌の沈黙をはさんでからキセリタもそっけなく伝えた。
『部屋を出ましょう』
 部屋を出た。ひび割れた壁にライトの輪が浮かんだ。
 途中幾つも分岐があったが、キセリタの指示に従ってまっすぐ突き進んだ。階段に出た。狭い階段を天辺まで上ると、鉄扉があり、こぼれる光がその輪郭を浮き彫りにしていた。
 ドアノブを捻り、押した。強い力が押し返した。風が一段と強くなっている。
 外はもうとっくに朝の世界だった。
 目の前には一本の通路。
 目線を上に動かせば、まだらの色彩に重なる雨雲が、朝の空を覆いつくしていた。
『マンティスが、風をよけられるルートを最優先で紹介すると申して出てるわ』
「駄目だ。第一に優先すべきは敵に発見されないこと。そして最速で大陸橋を渡りきること」
『伝えました。マンティス、了解。ただ五十分ごとに十分の休憩を指定した場所でとれとのこと。自然の力は侮れないわ』
「ご親切なことだ」
 暴風がただの雨を嵐に変えている。
 真横や真下からさえも氷雨が吹きつけてくる。
 雨を左手で防いだ。たちまち風向きが変わり、顔の右側が雨水の滝になる。キセリタの言う事は正しい。今は耐えられる風でも、このまま体力を削られ続ければ、踏ん張りが利かなくなるだろう。まだ奈落の底とはご対面願いたくない。顎を引き、細めた目で上目遣いに前方を確かめながら、前に進み続けた。時折濃霧の底のほうから人間の声が聞こえた。前かがみで歩くうちに、霧を透かして、立ちはだかる建造物の影が浮かび上がってきた。
『左にまわって。階段の下にはしごがあります』
 半フロアほど下がる階段の先にはしごがあった。近づいてみればそう高い施設ではなく、すぐに屋上に達した。
 屋上には風防の高い壁が設けられていた。体が軽くなり、力を抜く。広い屋上を小走りに急いだ。行き止まりにあたり、そこから広いスペースが見下ろせた。
 強烈な既視感があった。眉間をつまむ。
 蟲の死骸が山積みになっていた。
 屋内で見たものと違って、体が大きく毀損したものばかりだ。生体実験に使えないから処分されるのだろう。
「斑猫はどうなった?」
『討伐されました。現在被害状況の確認が優先的に行われております』
「死んだか……」
 はかない自由だった。
 憐れだとはもちろん思わない。ただ、通じるはずのない言葉が通じた、その唯一の相手がもういない、そう思うと惜しかった。
 広場の向こうの小高い壁をトロッコが走ってきた。蟲の死骸らしきものが投棄される。霧でよく見えない。あの斑猫だろう。足もとから重く響く動作音が聞こえ、死骸の山が動き出した。床がコンベアになっているらしい。仕組みに興味があったが、身を乗り出そうとするのをキセリタに止められた。
『待って。これ以上のぞきこむとセンサーに引っかかります。行きましょう』
 階段室へ。
「インカーネイトは蟲との交信に成功したのか?」
『いいえ』
「俺と斑猫のことを話してないだろうな」
『もちろん』
「いいのか」
 ミナシキは薄暗い階段を下りながら微笑を浮かべた。
「インカーネイトの試みの結果など気安く教えて」
『彼は随分と雑談好きの機械です。自らをオルガン国の機械だとまで』
「オルガン国?」
『第七枝で書かれた小説よ。あちらの世界で三十年ほど前かしら。正式名称はオルガン国(オルガレータ)へようこそ』
「こちらの世界ではどれくらい昔になる」
『百年ほどですね』
 第十二枝の人間は、第七枝と比べれば、そんな速さで老けている。それが枝ごとでの人員の交流がさほど活発でない理由だ。
 枝ごとの時間や重力の違いは肉体で感知できない。矛盾の打ち消しあいの作用で言語などに困らず、引き換えに少しずつもといた世界での記憶が失われるのと、同じ原理だ。
 技術や情報は行き交うが、家族や愛する人がいるのならば、時間的にまで引き離されてしまうことは相当な苦痛となる。
「第一枝が発見される前後か」
『そうですね。マンティスによれば、第七枝では一部のマニアを除いて流行しなかった模様です。蟲が出てくる小説など誰も読みたがらなかった。空に大きなオルガンがあり、その調律が狂ったから不協和音に同調した蟲がやってきた、という内容なの。その小説に自由意志と柔軟な理解力をもつ機械が登場するらしいですよ』
「つまり自分には自由意志と柔軟性がある、と」
 焼却処分場を抜ける。
 暴風は恐ろしいうなりをより一層のものとしていた。
 谷底から死者の怨嗟の呻きを立ち上らせてくる。
 それがただの風の音と分かっていても、忌まわしさに変わりなかった。寒すぎて耳の奥が痛い。目の前の一本道には出荷先ごとにコンテナが一まとめにされていた。それを透かして、眼下の作業場で立ち働く人々が見えた。

 乳白色の霧を晴らさんほどの警笛が鳴り響いた。頭から爪先まで緊張が駆け抜け、間もなく銃声が続いた。
「あいつらか!」
 いよいよ本格的な銃撃戦になる。距離感がつかめない。
『近いわ、退避してください!』
 走り出すミナシキの横手から、殴り倒さんばかりの勢いで突風が吹いた。よろめいた踵が工具箱を蹴った。
 手すりの隙間から落下して、作業場に工具がぶちまけられる。
 作業員たちが通路を見上げる。身を隠したが遅かった。
 背後から強烈な照射を浴びた。『逃げて!』キセリタが叫んだ。殺気の圧力を背中に浴びてミナシキは走る。
 背後から、高座の機関砲の嵐が追ってくる。
 距離がある。風の影響を受け、弾丸はまっすぐミナシキのもとへは飛んでこなかった。ついさっき走った、そのあとの床や壁が抉れてゆく。
 幸運はそこで終わる。
 前方の霧が明るく染まり、間もなくそこからも、機関砲の連射が迫ってきた。
 挟まれる。
 鉛だまを浴びる直前、作業場と反対側の手すりの外へ身を投げた。標的を見失った機関砲が連射を止める。
 ミナシキは、腕一本で手すりを掴んでいた。
『何をする気?』
 うんと下のほうに張り出しがあるが、遠すぎる。無傷ではすませられまい。隣り合って建つ建物に鉄階段が見えた。
『まさか』
 折りしも風が弱まった。
『やめて!』
 思い切り壁を蹴った。手を放した。体が宙に浮き、重力がなくなった。両腕を開く。
 その腕で、向かいの鉄階段の手すりを捕らえた。両肩に体重がかかり、肩から頭までとんでもない痛みが突き抜ける。
『馬鹿ッ!』
 壁を蹴りながら乗りあがる。どうにか手すりの内側に転がりこんだ。両肩を回し、壊れていないことを確認。
『馬鹿、馬鹿! なんていうことをしてくれるんですか!』
「他にやりようがあったか」
『知りませんよ! 私はマンティスに機関砲を止めてと頼んでいた、やり方を見つけてって!』
「無理だ、それが分からんおまえじゃないだろう!」
 彼女に両腕があったら、掴みかかって来ているだろう。
『もう知らない、私知らない。あなたのことなんか知らない!』
「お前が知らないのはいいからマンティスには繋げ。あいつらと合流したい」
『中に入って階段を下りたら線路に出るから北上!』
 これは鉄道員の寮だった。無人の寮の廊下の窓から線路を見下ろすことが出来た。線路に下りる。並行して、線路より高いところを車道が通っている。
「キセリタ」
『何です』
「俺だって怖くないわけじゃないぞ」
 キセリタは口ごもり、返事をしなかった。
 真下から風が吹いてくる。片マントが肩まで持ち上がり、危うく警笛を聞き逃すところだった。横手からの掃射が続く。
 隣の車道の下の猫走りに飛びおりた。真正面からの風を受けてマントがミナシキを押し戻す。危うく空を飛びそうになる。防寒具を手放す決意ができた。留め金を外し、脱ぎ捨てた。マントは風に乗って暗い雲の海に舞い上がった。
 ミナシキは見た。
 翻ったマントの裏に、レンシディの顔が張り付いているのを。
 大きな口が笑い、白い歯がこぼれる。
 目を見開く。その間に、マントは南のほうの空へ踊りながら消えていった。
『走って!』
 キセリタの叫び声で我に返った。
 後ろから二人組みの警備兵が走ってくる。弾が押し戻されるのが怖くて発砲できないのだ。
『早く!』
 風に正面から押し戻され、あるいは背中から押されてよろめき、ついには強い横風で、手すりにしがみついて身を伏せなければならなかった。上着を失ったせいで急速に体が冷えてゆく。
『走って! 何してるんですか!』
「走れるか!」
 ミナシキは手すりを両手をつかみ、頭を下げて答えた。追っ手を見れば、同じようにうずくまる姿が薄ぼんやりと見えた。
「何だって言うんだ」
『ここで立ち止まったら死にます!』
 死にます、とまで言われて、ミナシキは動き出す。手を伸ばし、進行方向の手すりの柵をつかみ、体を引き寄せるように移動する。濡れた鉄で足が滑る。出来る限りの距離を稼ぎ、風が少しだけ弱まった隙を逃さず立ち上がった。
 後ろを足音が追ってくる。
『早く! 間に合わない!』
 大きな柱と、それに取り付けられた鉄階段が見えてきた。そこまでの距離を埋める鉄路が、果てしなく長い道に思えた。
 猫走りから階段へ、一歩を踏みこむ。
 途端、背後になにか巨大なものが落ちてきた。
 トラックだった。猫走りの床が抜ける。咄嗟に手すりにしがみつき、階段に膝をついた。
 長い長い悲鳴を上げて、二人の追っ手が渓谷の底へ落ちていって、消えた。ミナシキは呆然と座りこむ。

 そこに森はあるだろうか。
 あるいは不毛の荒地だろうか。湿地かもしれない。二人の骨が砕ける場所は。
 ミナシキは息を切らし、その息を微かに震わせながら、白く煙る谷をそのまま見つめ続けた。

  ―7―

 壊れる音を立てて、氷塊が手元におちた。
 つららだ。車道の裏から太いつららが幾本も下がっている。階段が風に揺れていることに気付き、ミナシキは立ち上がった。
 寒い。
 あるいは、渓谷の底は凍土なのかもしれない。
 車道の先は立体スクランブルだった。
 風に対抗するのに必死で気がつかなかったが、ヨセギが儀礼銃を撃ったらしい。スクランブルを見上げた先に、バスがぶらさがっている。道が壊れて、渓谷に向かって斜めに傾いている。バスのもとへ走る。
 バスは真正面から銃撃を受けて穴だらけになっていた。
 運転手の肉が、弾丸によって運転席に縫い付けられていた。窓に血のカーテン。天井に張り付いた肉片が銃撃の激しさを物語っている。
 駆けてくるヨセギとレーゼを振り向く。硝煙で顔が変色し、目に剣呑な光を住まわせている。再会の挨拶はなかった。
 バスに目を戻した。血の川が這う方向に、青い神官服が倒れているのが見えた。庇う形で覆いかぶさって、警備兵が一緒にいる。警備兵が顔を上げた。
 震霊を撃った。警備兵は額を丸く焦がし、すぐに絶命した。手錠をされたリコリスが、倒れたまま叫んだ。
「人殺し! あっちへ行って!」
 直後、放った言葉がもたらす結果に彼女は気がついた。
「たすけて、おねがい。たすけて。行かないで」
 死体にのしかかられたまま、振り払ってもがくことも出来ずに哀願を始める。血だまりが彼女に押し寄せた。嫌がって身を起こそうとした、その動きで、バスが更に断崖へ傾く。リコリスが悲鳴をのみこんだ。震霊を収め、剣帯からサーベルを外す。剣帯を脱ぎ、長さを最長にとった。
「ヨセギ!」手を上げて呼んだ。
「支点を作るのに足りない。手を貸してくれ」
「助けるのか?」
 呆れ顔のヨセギをだまって見返す。ヨセギは肩を竦め、ミナシキのもとに来た。剣帯の端をバスの奥に投げ、入り口に片足をかけた。
「つかまれ、お前一人くらいなら支えられる!」
 リコリスは剣帯を左手に絡め、右腕を前に伸ばした。反対の端をミナシキが握り、背中からヨセギが支える。通路に重なる死体を嫌がるそぶりを見せ、それでも迂回する手立てはなく、彼女は体で死体を踏みながら這い進んだ。
 顔も服も血染めだ。
 草原の油狗を思い出さずにはいられない姿勢だった。リコリスの心の声なら聞こえる。死にたくない。でも生き延びたところでどうしろっていうの? ああ、でも、この帯を手放すことはできない――と。
 バスの入り口まで来た。ミナシキは手を貸さなかった。リコリスが雨降る車道に転がり出る。手から黙って剣帯をひったくった。ミナシキの手も、血だらけになる。雨だけが動いた。風だけが語った。ミナシキが震霊を手に。
 銃口を向けられ、真っ赤な女性神官が細い肩を震わせた。座りこんだままミナシキを見上げる。眼鏡の奥の瞳孔が縮む。
「何故ひとりでバスに?」
 歯をむいた。血を吸った髪を雨が洗い、顔が斑に染まる。白い歯が赤茶ける。目にみえて震えだした。せっかく助けた人間をわざわざ殺さぬだろうと思っていたに、違いない。
「覚悟しろと言っただろう?」
 死なせる前に、話すことがあった。
「今度やったら殺すと言っただろう。おまえは頷いたな。覚悟はあるんだろう」
「やめて!」
 掌で後ずさる彼女の服を、容赦なく踏んで引き止めた。
「革命がしたかったんだろう? 自分が死んだり殺されたりする結果は予想しなかったのか?」
「これのどこが革命なの? こんな、こんな、だって、私は人殺しをしたいんじゃなかった。ただ答えなくちゃいけなくて」
 膝で立ち上がった。
「みんながこれでいいのかって思ってる、本当はレギニータから出てみたいって! こんな政治と国にはうんざりだって! こんな所でどうして生きているんだって! 生きていかなきゃいけないんだって! 今までの宗教観は答えてくれないじゃない! だけど! 神職なら答えなくちゃいけないじゃない!」
「俺が銃で人を殺すように、お前のその答えが人を殺すことは思いもつかないのか?」
「そんなのは答えじゃない。誰かを殺してしまうなら間違った答えなんだ。人を殺すとか殺さないとか、思想はそんなことの為にあるんじゃない!」
「その答えをおまえは探せるか。メイニィ派の先生とやらに頼らずに、答えることができるか」
 影が落ちる。
 北の空を舞う布きれが見えた。見上げたミナシキに近付いてくる。
 ぴたりと狙い済ましたように、手元に舞い降りた。それは、来た道へと煽られていったはずの、あの片マントだった。
 ふわりと落ちてきた、それを、右腕に抱きとめる。ずぶ濡れだった。ミナシキは口をつぐむ。
 震霊を下ろす。マントを肩に掛け、リコリスに背を向けた。
 おい、とヨセギが声をかけた。
「バッテリー切れだ」
「いいのかよ?」
「……できるなら、俺は答えを聞いてみたい」
 振り向いた。リコリスはまだ腰を抜かしてミナシキを見上げるだけだった。
 彼女を仲間たちに任せ、先に歩き出した。
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