お話の、あるところ。

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『夢見る病気』豊原ね子

投稿作品『夢見る病気』〈19〉 著者:豊原ね子

第二章 Reginita(第十二枝 春) 第三話――5/5

 ―12―

 新聞紙が舞っている。
 石畳を。
 打ち捨てられ、風に吹かれ、人の足に纏わりついては蹴られた新聞が。
 その大判の新聞紙の、一番外側の一枚が、風に舞い上がって浮かぶ。乾いた音で石畳をこすりながら、こちらにやってくる。
 新聞紙の裏に大きな顔が張り付いている。古い記憶の女の顔。狂笑。その唇の赤いつやめきが、夜闇に鮮やかだ。
 見てやる。
 ミナシキはうつ伏せに倒れたまま、新聞紙が来るのを待つ。
 王レンシディのその顔を、見てやる。どういう目をして笑っているのか、見てやる。
 手を伸ばそうとするが、指一本ピクリとも動かないことに彼は気付く。そもそもこんな所に倒れていることが変だ。さらに、見てやるも何もどうやら目を閉じているらしい。だが見える。石畳を舞う新聞が。それに張り付いたレンシディの顔が、大きすぎる口が。
 これは夢だ。

 目を開けて、しばらくして、何をしていたかを思い出す。真っ暗だ。柔らかい膜の上に倒れていた。夜の音が聞こえる。頭の後ろの高いところで鳴っている、その通奏低音を、頭がはっきりしてくるまでじっと聴いた。
『ミナシキ、大丈夫?』
 キセリタが囁いた。体の形にあわせてゴム膜が沈み、雨水がたまっている。体じゅう冷え切っていた。髪から顔へ水が流れ、服が重い。なんということだ。無様にもほどがある。
「クソッ、何で俺がこんな……」
 顔をあげた。広場を取り巻く壁は高く、遠い雨雲が明るい。
『途中で、あそこに引っかかったのよ。無傷で済んだみたいね』
 廃棄物の山を覆うゴムの天幕が、上のほうにあった。ここもそれと同じものらしい。幸運だった。天幕の柱やゴミ山にぶつかっていたらただでは済まなかっただろう。
「……大丈夫だ。心配かけた。どれくらい眠っていた?」
「二時間ほど」
 自分で殴った胃には疼痛が残り、相変わらず気分が悪い。だが気を失う前よりはるかに良い。天幕から石畳に飛び降りた。赤さびて使い物にならなくなったドラム缶やコンテナに、ガラス片や様々な工具類が突っこまれている。その隙間を突き進むと、広場の中央が円形に開けていた。
『ミナシキ、これからどうするの?』
「鯨へ行く。ここで穴を探そう。いったん第十一枝に抜けてから内壁への穴に潜りこむのが一番早いだろう」
 今すぐそうしたいところだが、ミナシキは、舌打ちし、首を横に振った。
「……震霊を置いてきてしまった」
『戻るのは危険よ』
「承知している」
『……本気なの? 殺されるわ』
「あれはただの儀礼銃じゃない。ハクレーの遺品だ、こんなところで手放してたまるか」
 ミナシキは来た道を引き返し始めた。
『やめて! あなたはいつも無茶ばかり! 決闘を受けたときも、大陸橋でも! どうしてそんなに自分を傷つけるの?』
「あの男は俺の最初の臣下だった。だから俺は鯨を追われても王子でいられた」
『知ってるわ、見ていましたもの。ハクレーが血まみれで倒れていたのも、あなたが取りすがって泣き叫んでいたのも、レネイが震霊とあなたを抱えて走って逃げたのも! 生きていた頃の二人が、あなただけは生きろと言ったのも!』
 思わず顔を引き攣らせ、立ち止まったミナシキに、キセリタは更に言葉をぶつけた。
『今度見つかったら、自白剤を飲ませるような人たちがあなたを生かしておくと思う? エグバートがうかうかと入り込んできたあなたを見逃すと思ってるの?』
「今うまいやり方を考えてる!」
『馬鹿! 私に体があったら一発ひっぱたいてるわ』
 歩き出す。止まって! と、キセリタが叫んだ。
「止まるか、行くといったら行くぞ!」
『そうじゃないの! トルハイヨがいるわ!』
 止まらざるを得なかった。
「なんだと? ラーネッドがいるのか?」
『いいえ、ネルファンの気配がないもの』
「どこから来る?」
 キセリタが沈黙する。緊張が満ちた。やがて答えた。
『上よ!』
 ミナシキにも航空機の飛行音が聞こえた。遠くから、だんだんやって来る。
「敵襲か!」
『いいえ、トルハイヨが――トルハイヨがあなたを捜してる! 応答するわ。いい?』
「何しにきた?」
『鯨から伝言を。害を加える気はないわ』
 音が、広場の上を旋回している。
 それが頭上を一直線に通り過ぎた。光に目を焼かれ、顔に腕をかざす。石畳が鋭く抉れる音が耳に届いた。航空機はすぐにいなくなった。
 駆け戻ると、さきほどの円形の空間の真ん中に、深々と槍が突き立っていた。雨の飛沫を白く跳ね返している。濡れた顔を、濡れた腕でぬぐった。トルハイヨは強引にラーネッドから切り落とされたらしく、持ち手の先に不自然な盛り上がりがある。
 腐ったラーネッドの肩の肉だ。
 風が悪臭を含む。ミナシキはトルハイヨの前まで来た。
『伝言を。あの大尉が正確にあなたの情報を伝えたようです。返信は王女ロウオクから、そちらに迎えを寄越すとのことです。我々はあなたに決して危害を加えない、それどころか』
 語尾が不安げに上がり、細くなる。
「どころか?」
『あなたは死んではならない人間だ。収束点、だから……?』
「収束点? それは何だ?」
『分からない。どういうことなの、トルハイヨ?』
 ミナシキには分からぬやり取りの後、キセリタは息をついた。
『彼も教えられてはいない。王女のもとへ行き、そこで訊けと』
「俺はあの女が好かん。だが……」
 行くしかないだろう。
 背後から足音が迫ってくる。ミナシキは銃に手を当てて素早く振り向いた。
 今来た道から、たった一人で、エグバートが姿を見せた。黒い傘をさし、それが濡れて輝く下から白い顔が見えた。口が笑っていた。だがどうやら全体の表情は笑っていないようだった。
「ミナシキくん」
 囁くような声で呼びかける。ミナシキは、他の三方向も取り囲まれていることを気配で察した。それぞれから息苦しくなるほどの圧迫感が押し寄せる。
「……なんだ」
「認めるのかい?」
 左手から現れたのは大佐だった。
 右手から現れたのは、初日に拳をまじえた大男。
 後ろは誰だろう? ミナシキは振り向かなかった。
「町の人たちはどうした、ヨセギ」
 きな臭さが鼻をついた。儀礼銃が火力をためる臭いだ。
「儀礼銃は温存しておけ。蟲が来るんだろう」
「てめぇの知ったことかよ」
「最後まで困った人だねぇ。どうする? ユスターヴァ」
「君はどうしたい?」
「利用しようと思えばできるけど、必ずしも必要ないな。きみに任すよ。きみの部下だ。僕は黙っている」
 ミナシキは、目を閉じて、鼻で深呼吸をした。
 エグバートは怒っているのだろう。でなければ、みすみす俺を殺すようなことを言いはすまい。聞きたいことが山ほどあるだろうに。ミナシキには意外だった。こんな奴でも、自分の利益を投げ出して、他人のことで怒るものか。
「……大佐、俺はあなたに殺されても仕方がないことをした」
 すべて目的は一つだった。
 戦う術を身につけるため。生きるため。多くの情報を得たいがため。
 鯨に帰るため。
 レギニータの王子として。
 銃を抜いた。
「殺されるつもりはない!」
 大佐も背中からライフルを下ろす。
「立会人にヘルミを残すよ。じゃあ、僕はこの辺で」
 マガジンの予備がない。ひやりとする。震霊の銃帯のポーチの中だ。弾数は限られている。三点バーストをセット。
「ミナシキくん」
 エグバートに向けて顔を上げた。
「……きみは傲慢な人間だ。罰を受ける」
 くるりと傘をこちらに向けて、エグバートが去っていく。
 足音が聞こえなくなった。
 大佐の構えが合図だった。
 ミナシキは、後ろを向いてヨセギへと走り出した。虚をつかれたヨセギに隙ができる。
 前のめりに倒れこんだ。ヨセギが銃を撃つ。頭上を熱風がかすめ、その後を転がって立ち上がる。十字路に駆けこんで撃った。三発。同時に大佐のライフルがミナシキを狙い、すぐそばのコンテナにその銃弾がのめりこんだ。思わず怯み、狙いがそれる。外した。ヨセギはもう、次を撃つ準備が出来ていた。
 通路の奥へ退避。間もなく儀礼銃が放たれる。危ないところでカーブを曲がりきった。ゴミ山が崩れる轟音。ミナシキは物陰に屈み、耳を塞いだ。きわどいバランスで積み上げられていたコンテナは、それをきっかけに崩落を始めた。頭上から木箱が角を見せて降ってきた。慌ててよけると、ちょうど今いたところで割れて砕けた。
「おい、シキ! シキよぅ」
 なだれたゴミの向こうから、ヨセギが怒鳴るような大声を張り上げてきた。
「何だ!」
「オレがどうして傭兵になったか、教えてやろうか!」
 ミナシキは息を殺す。大佐の気配がない。回りこんでくる気か。どこから?
「オレはなぁ、もともと夜区間の生まれじゃなかったんだ」
 向こうから、瓦礫を掻き分ける乱暴な物音が鳴り響く。大佐の足音を探すが、ヨセギの声に消されて聞こえない。
「夜区間に一番近い貧乏な町だった。医者は一人きりで」
 通路の奥に更に退避。廃材の山は広場を迷宮に変えていた。
「――聞いてんのかよ!」
「黙ってろ! おまえらの恨み辛みなら聞き飽きた!」
「親父が事故にあった時、その医者はいなかったんだよ! ちょうど王族のどいつかが生まれたとかで町に祝いに行ってやがった! 死ぬような怪我じゃなかったんだ! 本当なら!」
 銃声。走り抜けた直後、うしろのコンテナに銃弾がめりこむ。大佐はその向かいのコンテナの上にいた。
 角を曲がり、死角へ。
 広場の土壁があった。
 アーチ型の通路が真っ暗な口をあけている。そこに飛びこんだ。足音を響かせて走ると、先は鉄格子になっていた。
 舌打ちし、ミナシキは焦るが、鉄格子の横にはしごを見つけた。それを上りきった直後、ふらりと暗い人影が通路の入り口に現れた。
 懐中電灯を手に壁の中の廊下を走る。階段を上ると出口があった。広場の壁の外階段に出た。コンテナの山を慎重に下りる大佐の姿が見えた。撃った。足にあたり、大佐が転げ落ちた。壁の中の廊下から追っ手の足音が響く。とどめをさせず、走る。
 一際高くそびえ立つコンテナの陰へ。
「何してるんですか!」
 明らかに場違いな女の声が響いた。すばしっこい人影が、トルハイヨの横をすり抜けて、大佐が転落したあたりへ走っていった。
「下がってろ、リコリス! 死にたいのかっ!」
 ミナシキは叫び、すぐ身を隠す。たちまち火炎の弾が飛んできた。足元の階段が崩れ落ちた。
「なに今更仲間ヅラしてやがる!」
 揺れが収まるまで階段に伏せなければならなかった。
「戦うのをやめて!」
 リコリスはまだ、金切り声で叫んでいた。
 階段をもう一周上ると、半周下から再びヨセギがミナシキを狙う。そちらを撃った。儀礼銃の赤い火が掻き消える。下方からライフルの弾がとんできた。儀礼銃の火がまた点る。もう一度そちらに撃った。きりがない。ましてこちらには替えの銃弾もない。焦りが芽生えたとき、階段の先に、壁の中への入り口を見つけた。狙い撃ちにされるのも構わずその穴へ走った。
 背後で炎をまとった弾頭が炸裂する。
 床を蹴り、真っ暗な壁の中へ転がった。外で瓦礫が飛散する。
 中は一本道だった。途中ではしごがあった。直進するとテラスに出た。
 そこで行き止まりだった。
 ミナシキは途中まで引き返したが、ヨセギの足音が、もう壁の中まで入ってきていた。電燈を消して、後ずさる。
「ミナシキさんよぅ」
 ヨセギが呟いた。話しかける口調だが、聞こえていることを知っているのかいないのか、分からなかった。
「おめぇ何で、大佐がおめぇを殺そうとしてるか、分かるか?」
 声が近付いてくるのに合わせて、ミナシキは後ずさる。ヨセギが足を止めた。懐中灯が、向けられた。目の前が白くなった。踵を返して逃げるミナシキを、すぐにヨセギが追いかけてきた。
 いよいよテラスに追い詰められた。雨の中、振り向いた。
「俺が王族だからだろう!」
 氷雨の針の檻の向こうにヨセギがいた。銃は下ろしている。ミナシキも銃口を地面に向ける。背中が手すりに当たる。
「言うと思った」ヨセギが肩をすくめた。「だろうな」
「来るな!」
「王子だから鯨を追われて、王族だから、それを言ったら殺されると思ってたのか。かわいそうな奴だよ……おめぇは。可哀想だ。ほかの誰のことも信用できずに怯えていたんだろう」
 引き金に添える指が、寒さで震えていた。
 ヨセギが怖かった。彼が儀礼銃を構えていなくとも、その言葉が怖かった。聞いていたくなかった。
 だけど、聞かずにはいられなかった。
 聞かずに撃ったら生きていかれない。そんな心持ちだった。この男なら無駄なことを言わないとミナシキは分かっていた。
 信頼と呼べるものが今でもある、今ならある。いまさら。
「俺は……生きていなければならなかった。王がおかしいことは分かってた、大佐のグループが大きくなるずっと前から、ずっと子供の頃から。止めるには鯨に戻るしかないんだ。身一つで鯨に戻るには、こうするしかなかった!」
「だから大佐はおめぇを憎んでるんだ。お前が、大佐を信用しなかったからだ。最初っから最後まで利用しようなんて考えるからだよ! そうするしかなかっただと? どうして最初に本当のことを言わなかったんだ! なにもかも打ち明けて、どうか協力して欲しいさせて欲しいって言やぁ大佐だってその時お前を殺さなかった!」
「都合のいい事を言うな! おまえだって王族を憎んでいるんだろう!」
「それでもおめぇが生き方を変えることはできただろうが! 憎まれない王族になる生き方は出来たんだよッ! おめぇが他人の憎しみを変える事だって出来た。浅ましい考え方に走らねぇでもやって来れたんだ!」
 光がすぅっ、と弱くなって、消えた。ヨセギが懐中灯をしまう。かわりに儀礼銃を背中から下ろした。
「終わりだ」
 銃口に赤い火が見えた。ミナシキは手の中の銃をしまい、うなだれる。
「一瞬で灰にしてやる……一瞬ですむ。……なぁ、シキ。お前ギター弾くのが好きだっただろ」
「……あぁ」
「お前が弾いて、オレや他の奴らで歌うの、もっとやれたら楽しかったろうな」
「……そうだな」
 目を上げた。ヨセギから、先ほどまでの強い憎しみは感じ取れなかった。
 憐れまれる人間だったのか、俺は。強く生きよう。自分には使命があると信じた結果がこんなものか。
「ヨセギ、第十二枝の他の葉にはそういう道を選んだ俺がいて……おまえたちと歌を歌っているかもしれない」
 ミナシキはそっと、目もとを伝う水をぬぐった。
 そうだな、とヨセギが返す。
「――お別れだ」
 ヨセギが引きがねを絞る。
 ミナシキはサーベルのつかに手を置く。
 火炎が押し出される。
「キセリタ!」
 サーベルを握った右手を、素早く頭上にかざした。左手で刃を支える。吹き飛ばさんばかりの圧力が全身にかかった。目をきつく閉ざして耐える。屠った命、その霊力が生み出す炎をReRouEがもとの霊子に還元する。
「だけどヨセギ、俺がうまれた世界はここだ。この現実で、俺は上手くやってこられなかったんだ」
 目を開けた。サーベルのその先に、驚愕の表情があった。
「これがReRouEの力だ、儀礼銃は効かない!」
 消え残った炎を雨が叩く。ヨセギが構えたままの儀礼銃を、サーベルが弾き飛ばした。
「言っただろう! 殺されるつもりはないと!」
 儀礼銃がテラスの床に転がる。斬りつけるサーベルの刃を、ヨセギはナイフで受けた。分はミナシキにあった。火花を散らし、ナイフを持つ手をはねのける。サーベルを振りかぶった。ヨセギが頭上で受ける。二人は間近でにらみ合う。
「どうするつもりなんだ、お前は……」
「多世界がどれだけあったって、俺は他の現実を生きられない。やり直せないんだ!」
 刃と刃が滑る。
 サーベルをナイフの鍔に引っ掛けた。そのまま振りかぶる。ナイフが回転しながら宙を舞い、落ちていった。
 ヨセギの名を叫んだものの、どんな別れの言葉がふさわしいかよく分からなかった。
 振り下ろす。ヨセギが腕で体を庇った。構わず、斬った。胴に斜めの線が入り、右腕が切れて床に落ちた。
 凄まじい叫び声が耳を衝いた。
 その心臓めがけてサーベルを突き出そうとする。
 足もとで何かが跳ねた。
 白い筒。サーベルが止まる。筒が炸裂した。眼球が直接殴られたような衝撃と共に、視界が白く染まる。
 閃光弾だ。
 左腕で両目を覆った。瞼を閉じても明るかった。サーベルの先が床を掻く。何も見えない。
『逃げて!』
 すると、何者かに思いきり、胸の下を殴られた。みぞおちより少し右。
 肝臓だ、と思った。
 息がつまる。一瞬で全身の力が抜けた。
 次はこめかみを打たれた。手放したサーベルが、音を立てて石畳を跳ねる。ミナシキはそのまま、叩きつけられるように倒れた。息ができない。肝臓が凄まじい苦痛を宿している。体が痺れ、ぴくりとも動けなかった。襲撃者の気配は隣に立って見下ろしている。
 エグバートがヘルミと呼んだ、あの大男だった。
 ヘルミが屈み、ミナシキの髪をつかんだ。
「――だから言っただろ? 調子に乗るなって」
 再度頭を床に打ち付けられた。ずるりと這う音をたて、右腕を切り落とされたヨセギが起き上がる。
「てめぇ、何しにきた」
 ヘルミはそれに、短い嘲笑で答えた。
「見てらんねぇんだもんなあ。大佐どのはびっこ引いてるし、もう一人はこの様だ」
「だからって、てめぇがシキに何の恨みがあるってんだ! 筋違いなんだよ! すっこんでろ!」
「悪いな、ヨセギさん。アンタがたを守るようにエグバート様に言われてね。恨みならある」
 脇腹に衝撃を受ける。ヘルミが体重をかけて踏み躙っていた。歯を食いしばるミナシキからヨセギへと顔を向け、言った。
「こいつをアンタと同じ目にあわせてやろうか?」
「やめろ!」肩口から血まみれの手を離し、ヨセギが叫んだ。「そいつはオレか大佐が始末をつける、余計なことをするな!」
「そうか。大佐殿はまだ来れねぇ。後悔する時間はたっぷりあるな。殺しゃしねえよ」
 金属のこすれる音に目を開ければ、キセリタが、いまやヘルミの手の中にあった。
「やめろ」
 そう言おうとした。微かにかすれた声しか出なかった。朦朧としていた意識が怒りで覚醒する。
「やめろっ」
 ヘルミがミナシキの右手をつかんで引っ張った。肩が浮く。
「若造が調子に乗るから」サーベルが振り上げられた。「こういう事になるんだ!」
 そのヘルミの手に火がついた。ほのかに黄色がかった白い光が手首から先を丸く包みこむ。サーベルが、落ちた。
 柄を握り締めていた手が、黒い炭になっていた。
 炎が肘に広がるまで、ヘルミはただ呆然としていた。肩まで届き、それからやっと取り乱して悲鳴をあげた。腕を振って炎を消そうともがく。その内に、白い火はとうとう彼の頭までをも包みこんだ。
 ヘルミは壁に走っていき、体を叩きつけ始めた。何度も、何度も。目の前に落ちたサーベルに、ミナシキは手を伸ばそうとする。指先が動いた。体の感覚が戻ってきている。キセリタはただミナシキの名を呼んだ。悲しみを帯びた囁き声だった。
 炭化したヘルミの上半身が、ぼっきりと折れて砕ける。生焼けの下半身がその上に倒れた。胸が悪くなる臭いがテラスに立ちこめた。あれほど強かった白い炎は、すでに雨に打たれて消えゆくばかりだった。
「キセリタ……すまん」
『大丈夫? ミナシキ、痛い?』
 柄に手が届いた。手繰り寄せる。もう片方の手を殴られたところに当てる。ずきりとした痛みが頭に響いた。
「ああ、大丈夫」
 体勢を変え、肘をつけたまま顔を上げた。
 一面に血が広がっていた。粘り気のある、黒光りするそれを雨がうすめて押し広げていた。血の中にヨセギの右腕と、本体が転がっていた。血だまりがこちらに押し寄せてくる。どうにか腕に力をこめて、這いずって遠ざかった。
 するとヨセギがこちらを見た。鼓動が跳ねた。ミナシキは荒い息をつきながら様子を見ていた。
「おまえ……」
 唇が動くのが見えた。血で濡れ、雲の明かりを照り返し、白く光っているように見えた。その口が、ふと笑みの形を取った。
「あっけねぇよなぁ、死ぬって……」
「もう喋るな、ヨセギ……もう終わりだ、終わりだ」
「さっき――」
 ヨセギは一度言葉を切った。こうしている間にも、袈裟斬りに斬られた胴と肩口から血が流れ出ていく。
「おめぇが泣いてるように見えた――」
 肩を震わせ、ヨセギは笑った。ミナシキは目を細めて歯軋りした。この男はもうすぐ死ぬ。自分がしたことだ。ああ、どこか別の世界で、何もかも打ち解けて彼と仲良くなっている、そんな現実があるかも知れない。それがどうしたというのだろう。
 ヨセギが顔を血に沈めた。意識をなくしたようだった。二度と目を覚ますことはないだろう。生き延びた、だがその実感を噛みしめる気になどなれなかった。手すりまで這っていき、それに背中を預けて座りこんだ。雨の当たらぬ所に行きたいとさえ思わなかった。
 基地のほうから轟音が聞こえた。顔を上げる。テラスの手すりの向こうの雲が、ぱっと赤くなった。
「なんだ?」
 基地か、その近辺で爆発がおきたらしい。
「鯨か? キセリタ、今のは」
『いいえ、さっきのトンボはもう帰りました。何かしら……分からないわ』
 今度は背後から軽快な足音が迫ってきた。
 レーゼが闇を背負って現れた。銃口を向け、長い髪を振りながら左右を警戒する。
「シキ!」
 ミナシキのところまで駆けてくると、目の前で膝を屈めた。
「シキ、大丈夫? ねえ、シキ! 怪我してるの? どこを怪我したの?」
「……大丈夫だ、死ぬような怪我じゃない」
「でもシキ、顔に血がついてる」
 レーゼはそう言って細い指を伸ばして口を拭った。それからいきなり、ミナシキの首に両腕を回してしがみつき、わっ、と泣き始めた。ひどく震えていた。ミナシキは腕を上げて、レーゼの背を軽く叩いた。
「大変だったんだよ、シキ。基地の中をさ、アイツとか、アイツの取り巻きとか、大佐が探し回ってて、あたし絶対あいつらより先にシキを見つけなきゃって」
「逃げた理由は分かってるんだろう」
 レーゼはミナシキから体を離した。
「……うん」
「ヨセギは俺が殺した。大佐もいずれ追いつく。大佐じゃなくても誰かが来るだろう」
 首から腕を解き、その手をミナシキの両肩に乗せる。頬を微かに引き攣らせながら、レーゼは肩で涙を拭いた。
「……俺はおまえを騙していたんだぞ。どうして怒らない」
「そんなの、どうでもいいじゃん」
「おまえや皆を利用していたんだ、自分のために。どうして俺を憎まない。目的のためならおまえが死んでも仕方がないと思っていたんだ」
「嘘だよ! 嘘、そんなの嘘だよ。シキはあたしのこと可愛がってくれたじゃん! ねぇ、シキは本当はそんなこと思ってないよ」
 肩にレーゼの指が食いこんだ。
「逃げよう、シキ。一緒に逃げようよ」
 また別の方向から、轟音が響いた。雲が赤く染まる。レーゼも泣いている場合じゃなかった。呼吸をつめ、怯えた目は空に吸い寄せられている。
「基地で何が起きている?」
「わかんない……あたし、慌てて飛び出てきたから」
 レーゼの肩を腕でそっと押した。もう、いくらか動けるようになっていた。
「レーゼ、俺なら大丈夫だ」
「どうすんの? そんな状態じゃ基地まで戻れないよ」
「もうじき立てる。すまんが少し様子を見てきてくれないか」
「いいよ」と、レーゼは頷いた。
「あたしが行ってくる」
「危なくなったらすぐに退避するんだ。無理にここまで戻ろうとするな」
「何言ってんだよ、それなら最初から一緒に行くよ」
 ミナシキは微笑を浮かべた。半ば強がりだが、おかしかった。
 自分よりあとに入ってきて、元気だけが取り柄な少女だったのを、妹分として育ててきた。自分によく懐くからそうしたのだが、それでもレーゼを引き立てて可愛がっていた。それは確かだ。レーゼも無理矢理笑い返す。
「大佐に見つかるなよ」
 他にも、かけたい言葉はあった。レーゼもそれは同じはずだ。
「うん、大丈夫。すぐに戻ってくるよ」
 言い終えるころにはもう、また泣き顔になっていた。ミナシキはヨセギを殺したのだ。レーゼが、ミナシキを好いていたとしても。混乱しているはずだ。今はいい。だがいずれ落ち着いたら、自分が平然と嘘をついていたことを思い出し、傷つくことだろう。
「ねぇ、シキ、もしレギニータの王様になったら……」
「何だ」
「なんでもない。後にしなきゃね。あたし行ってくるよ」
 気をつけろ、と念を押した。髪を揺らして走っていくのを見届けると、緊張が抜けて長い息をついた。
 低い地鳴りと共に、地面が震動した。さっきよりも強い。壁から土ぼこりが降ってきた。
「なんだ? キセリタ」
『逃げましょう、ミナシキ。ここを離れたほうがいい!』
 サーベルを杖代わりに立ち上がろうとしたところで、再び床が震えた。浮かしかけた膝を床に打ちつける。
 ヨセギの体がいきなり海老反りに引き攣った。喉の奥で奇妙な声を上げ、目を見開いた。口から舌が飛び出す。
「ヨセギ?」
 目玉を押し出さんばかりに見開いた目で、ミナシキを見た。
「ヨセギ、どうしたんだ!」
 血溜まりからミナシキへと手を伸ばす。嫌な、鈍い、物が砕ける音をヨセギの体が立てた。ミナシキはヨセギの名を叫んだ。ヨセギの下半身が、ぐるりと寝たままよじれていく。上半身は押さえつけられたように動かないままだ。近寄ることも、声をかけることもできなかった。
 上半身に対して、下半身が一回転する。体がねじ切れて臓物があふれ出てきた。伸ばしていた左腕が落ちる。
「ヨセギ……ヨセギ!」
 テラスをさらに暗くして、大きな影が落ちた。
 ミナシキは手すりを振り返る。
 そこに、大きな目玉があった。
 ミナシキの頭よりなお大きい、目玉。
 僅かに蒼みがかった白目、真紅の虹彩。鼻も、口もない。目だけが光っているように浮かび上がって見える。巨人。一つ目の巨人。目があう。
 巨人は膝と手を地につけているようだ。このテラスは低すぎるのだ、だから覗きこんでいる。
 思考停止していたことに気付き、銃を抜いた。震霊を置いてきたことを心底後悔した。巨人はそんなミナシキを気にもとめず、焼け崩れたヘルミを見た。骨の折れる音が豪快に響いた。巨人の視線を浴びたヘルミの両足が、持ち上がり、それぞれが勝手な方向に折れ曲がっていった。
 硬直し、撃てなかった。撃てば、おのれの害意が相手に伝われば、何をされるか分からなかった。
 ここまでの恐怖は初めてだった。
 ごく原始的な恐怖だ。
 いやだ。
 あんな事をされたくない、という。
 巨人はヘルミにも興味を失くし、肩を盛り上げながらテラスの前から去っていった。
『何……今のは?』
 キセリタが震える声で、尋ねた。
「巨人……」
『まさか……まさか! あり得ないわ! あんな存在! あんなの知らない、インカーネイトだってあんなの知らないわ!』
 次の地響きで完全に我に返った。
「レーゼ!」
 急激に立ち上がると、胸の下が激しく痛む。体を折って手で押さえ、すぐに顔を上げた。
「落ち着けキセリタ! おまえは人類の集合知だろうがっ!」
『だけど――でも、でも、でもっ! あんなの見たことない。ミナシキ、怖い! 集合無意識のデータベースにもあんなの入ってないわ。どうすればいいの!』
 ミナシキはよろめきながら壁の中に戻った。
「レーゼ、どこにいる! レーゼ! 戻れ!」
 壁に手をつき、息を荒らげながら叫んだ。
「危険だ、戻って来いっ!」
 凶悪な低い羽音が、テラスの方から耳を震わせた。蟲が。あれは蟲の羽音だ。もう結界が破れたというのか? まさか。蘇る記憶に、今度こそミナシキは心が折れそうになる。記憶はレーゼの声で再現された。
『見えない大きな手に人間が大勢ひねり殺されて、それが蟲になっちゃうんだよ』
 強く頭を振って、胸のうちで自分をしかりつけた。気をしっかり持て。あれは小説だ、架空の物語なんだぞ。
 外に出た。銀糸のような雨が降っていた。
 その雨を攪乱して、巨人が壁をすり抜けてくる。
『隠れて!』
 黒い肌の巨人が天を向き、大きく息を吸いこんで体を膨らますのを、ミナシキは見た。
 壁際に屈んで体を丸めた。
 巨人が火を噴いた。廃材広場が灼熱の炎に包まれる。きつく目を閉ざした。あそこには大佐がいる。リコリスがいる。多分まだレーゼもいる。ミナシキは叫んだ。歯を食いしばり、声をあげず、心の中で。

 ―13―

 熱鉄ととけたビニールの臭いを雨が蒸らしている。
 そこかしこに炎が燃え残り、黒い煙をあげている。
 これが夢だというのなら、何だってやり直すだろう。いくらでもやり直すだろう。ミナシキは広場の内側の壁へとさまよい出る。ヨセギの儀礼銃のせいで、足場は最悪だった。崩れたところを飛び降りながら、広場の底へと降りていく。
「誰か」
 空耳かと思った。リコリスの声が聞こえた。
「誰かいるんですか?」
 いいや、確かにいる。足音を聞きつけたのだろう。身長の倍ほどの高さを飛び降り、広場の底を走った。はたして広場の中央で、リコリスが己の体を抱いていた。
「リコリス! 無事だったのか」
 ミナシキは手を差し出して、リコリスを立たせた。希望が芽生え、鼓動が早まった。彼女が無事ならレーゼだって。リコリスは怯えて揺れる瞳を、横の、なにか細長い杭のようなものに向けた。その杭は細長く、真っ黒に焼け焦げている。それがトルハイヨであることに、すぐには気付けなかった。
「ReRouEが……」
 キセリタは物も言わない。トルハイヨがリコリスを守ったのだろう。術式にも儀礼銃にも動じないReRouEを破壊した火力。芽生えた希望がたちまち絶望に変じてゆくのに、ミナシキは立ったまま耐えた。
「あの……ほかの方たちは……」
 首を振る。リコリスの問いかけと、己の絶望への返事だった。
「基地に戻るぞ、レーゼがあそこに向かっていた」
 リコリスに手を貸しながら、螺旋階段を上りきった。広場の上の道は、しんと静まり返っていた。基地に火の影は見えなかった。なんの音もせず、誰の声もしない。ただ明かりが点々とともっている。ミナシキは正面から乗りこんだ。
「レーゼ、どこだ!」
 ホールにはシャンデリアが煌々とともり、その下に大量の血がぶちまけられていた。
「レーゼ!」
 だが血の主の体はどこにもない。真正面の階段からも、吹き抜けの二階の廊下からも、血が流れ落ちてくるのに、人間の体はひとつもない。
「レーゼ!!」
 ブーツで血を踏みしめてミナシキは突き進む。
「エグバート! いないのか!」
 まさか、あの鉄面皮でさえ死んでしまったのか。リコリスが後ろから走ってきて、腕にしがみついた。それを振り払う余裕すらなかった。誰にも会わなかった。そこかしこが血まみれで、それでも人の姿はない。
 右翼地下の大会議室に入る。昨日の朝、エグバートが指揮を執っていた会議室だ。各デスクのモニタをつけて回る。壁一面を覆いつくす大小のディスプレイを、基地内の全ての監視カメラに接続させる。
 操作盤から顔を上げた。モニタ群が映す光景を理解できず、ミナシキは固まる。
 明かりの点るところ全てに、人間が映っていた。シャンデリアの下がるロビーには、基地復旧の作業人員が慌しく出入りしている。裏口では、クレーンに資材を括りつける作業が行われている。さぼっている者がいる。
 救護室にエグバートを見つけた。
 頭に包帯を巻きつけたゲルト相手に、軽口を言っては笑っているようだ。
 ミナシキはたまらず、銃を抜いて廊下に飛び出した。
 誰もいない。天井にまで血がとび散っているばかり。
「シキさん、レーゼさんが!」
 リコリスが呼んだ。大会議室に戻ると、彼女は隅のほうの小さいモニタを顎でさした。ミナシキの部屋だった。そこでレーゼが困ったように辺りを見回している。
 ここにいろ、と言い残してミナシキは走り出した。節電のためにほとんど電気が消された廊下を、階段を、走る。
 体当たりをするように、部屋の戸を開け放った。電気がついたままの部屋に、レーゼの姿は見えなかった。
「レーゼ、いないのか? レーゼ!」
 真っ暗な廊下に顔を出してみたが、そこにも姿はない。ミナシキは唾をのみ、水差しの横に置かれた震霊を装着する。
「戻ってきて」
 どこに仕込まれているのか、スピーカー越しにリコリスの声が聞こえた。
「シキさん、お願い! もう戻って!」
「リコリス、俺の声が聞こえるか。レーゼはどこにいる?」
「レーゼさんなら隣にいるじゃない!」
 ミナシキは慌てて左右と、背後を見回した。
「レーゼさんにもシキさんが見えていないんです!」
 いきなり、壁に立てかけてあったギターが斜めに傾き、倒れた。震動で、弦が鳴る。ミナシキは背筋に冷たいものを感じ、つとめて平静を装いながら大会議室に戻った。リコリスは画面が見えないように、デスクの影に座りこんで待っていた。
「レーゼは――」
 視界の端で真っ暗だったディスプレイが明るくなる。緑の線形の間接照明。地下の資料閲覧室だ。再び部屋を出る。リコリスが大慌てでついてくる。
 ハイダか。
 あまりのことにその存在を忘れていた。まさか、ハイダが? まさか。あの狂人のような女のどこに、そんな能力がある。
 自動ドアがミナシキを迎えた。奥のディスプレイが明るい。低い階段をおりてそちらへ向かう。
「ハイダ、おまえなのか?」
 声が震えそうになるのを堪えて問いかけた。
『ミナシキ、無事だったのね。間に合ってよかった』
「おまえなのか」
 恐れと戸惑いが、強い怒りに変じていく。
「さっきの巨人はおまえの仕業なのか!」
『サイクロプスよ。私の世界での、架空の怪物』
「何をした? どうやってあれをこの町に持ちこんだ!」
 忍び笑いが聞こえた。ハイダは笑いを漏らすのを、ずっと堪えていたのだろう。
『重ね合わさったのよ、そちらに、私の世界の架空が。私は間違っていなかった。あなたを助けることができたのね。やり方なんて想像すらできないでしょ? やっぱりね、そちらの方が次元が低いのよ! 誰も私に報復なんてできない!』
 怒りが消えたのか、それが昂りすぎて自覚できなくなったか、ミナシキは自分が分からない。
『私の力がわかった? シキ君。信じる気になったかしら』
 この女は俺を護ると言った、ミナシキは思い出す。まさかアレが? 麻痺していた感情を取り戻す。
「ふざけるな!」
 ミナシキは答えた。
「おまえの助けなどいらなかった! どうしてあんな事を! ヨセギは俺が殺すはずだった、あんな死に方をしなければならない奴じゃなかった!」
「同じよ、いずれ死ぬ運命だったんでしょう?」
「だったら、おまえが今すぐ死ねばいい!」
 リコリスが後ろから腕を引っ張った。
「やめて、この人を怒らせないで!」
 ハイダの今までの発言は妄言ではない。でなければ、ただの人間がここまでのことを仕出かして、それに耐えられるはずがない。彼女は本当にミナシキ以外の人間のことをどうでもいいと思っているのだ。架空かそれに等しい存在だと。
『ねえ、私あなたに前もって言ったでしょう? あなたを見てるって。どうしてその時にそうして断らなかったのかしら。利用できるって思ったんでしょう? あなたの危機に私が何もできなければ、以降は私を無視すればいい。――だけど私があなたの世界の同胞を殺せば楽チンだって思ったでしょ?』
 ミナシキは答えに窮する。答えられない。本当に答えが分からなかった。
『ねぇ、私のところに来て。ここに来さえすれば目がさめるわ。長い夢が終わるの。罪の意識を抱いているなら、その必要はないのよ。夢から覚めれば苦しみは終わる』
 ふと背後が明るくなった。
 振り返ると、緑の大きな光輪がそこにあった。床から天井までの高さがある。
 光輪は緑の文字のようなもので出来ている。その文字は点滅しながら流れ、はっきりと見ることはできない。レギニータの文字ではない。輪の中には水の膜のようなものが張られている。その向こうに同じ光輪がある。二つの輪の距離はそう離れていない。
 スクリーンは消えていた。ハイダの声も息遣いも、もう聞こえてこない。
 膜に触れた。指に吸い付く。ひやりと冷たかった。手を引くと、すぐに離れた。
「これ、何ですか……?」
 ミナシキは開き直って、膜の中に足を踏みこんだ。息ができないのではと恐れたが、そんな事はなかった。地面が見えない。壁も、自分の体も。向かい合うもう一つの輪だけが見える。身体感覚だけを頼りに進む。
 輪を抜けるまで、向こうの光景は見えなかった。
 石床。腰までの鉄柵。高い天井から電球が下がる、寒々しい部屋だった。鉄柵は内側に、広い円形の闇を閉じこめている。
 出入り口は一つだけ。鉄柵が切れる方向に、階段と鉄の扉がある。
『穴だわ』
 キセリタがやっとものを言った。
「ここはどこだ?」
『分からないわ。でも基地からは離れていません。これがエグバートたちの隠していた穴でしょう』
 リコリスが慌てふためいて後ろから飛び出してきた。移動がどの様に為されたか、ミナシキにはわからなかった。別の枝の転移術の様式かもしれない。振り向いたとき光輪はなくなっていた。
「第十一枝に行けるのか」
『ええ』
「行こう」
 闇の中には青い、光を放つ階段が伸びている。渦巻きながら、ときにまっすぐな廊下になりながら。交差しながら。どこまでも降りている。
 足を乗せた。階段には確かな物質の質感がある。
 どこにつながるかは分からない。後ろのリコリスは不安げに何度も振り返っている。何度も。












(~お願い~ 三題噺をするのでお題ください。)
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三題噺

何でもいいの?

んー、じゃぁね。
「バランスボール」
「ドッペルゲンガー」
「虹」
パッと閃いた単語を並べてみました。

おk

今から取り掛かる!

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