お話の、あるところ。

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『夢見る病気』豊原ね子

投稿作品『夢見る病気』〈21〉 著者:豊原ね子

断章・オルガレータへようこそ Ⅲ
 
 破壊された壁から配線が飛び出している。その毒々しい赤や緑がつま先に絡む。蹴ると、金属のタイルに血がとび散る。乱暴に配線の束を踏みつけながら、行谷は走っている。
「名倉くん!」

 レモン水を飲んでいる。
 すだれ越しの光、海風。畳から縁側を向くと、すだれの間から夏が垣間見える。積み上げられた真っ白な雲と、明るい色調で広がる遠浅の海。
 俺の世界。俺の国の四季、夏。識は恍惚とした面差しで、赤茶色のレモン水を味わう。喉の奥に広がる血の味。
 卓袱台に置いたグラスには、指が沈んでいる。識は薄ぅく笑って手を浸し、その切れた指をつつきまわす。

「……名倉くん!」
 行谷すずなは一際強く叫んだ。
「名倉くん……どこ!」
 タイルに散る血は彼女のものだ。はだしの足は血まみれだった。矩形の高い天井、吊られた電球、むき出しの配管たちが、彼女の声を吸いこむ。
「どこに行ったの!」

 息の音を立て、識は顔を上げる。床の間のスイカ。目を落とすと、透明なレモン水のグラスに水滴がつたい、卓袱台はびしょ濡れだ。
「行谷さん?」
 手をついて立ち上がった。
 何か大切なことを忘れている。
 迎えに行かないと。
 使命感に突き動かされて識は火車を握る。行谷さんが危ない。こんなところで何をしていたのだろう――本当に?
 押入れの二段目に窓があり、そこから庭に出られる。庭の向こうの大きな建物へ走る。裸足なのが不安だった。靴をどこにやってしまったか、あるいは履いていなかったか分からない。ただ、あの白壁の大きな施設には行谷がいる。
 ガラス戸から飛びこむ。
 目の前に大きな影が降って、識の目を塞いだ。
「ゆ」
 ムシ特有の生臭さに抱きこまれた。歓喜の羽音が打ち鳴らされ、咄嗟に身を引き離そうとしたが、動けなかった。背中に鋭い一撃を受けた。
 あ、俺が死んだ、と思った。剛毛に覆われた鋭い脚が背中から腹へと貫通する。
 目が覚めるまで何度も刺し殺され続けた。

 ―食べてしまったパイがなくなる理由の章―

 寝たまま叫んだ。叫びながら起きた。布団を跳ねとばし、ベッドの上で識は身を捩った。夢だと、意識では分かっていた。体のほうがいう事を聞かない。夢とは思えないほど生々しかった。まだ感触が残っている。蟲に体を締め上げられる感触。突き立てられる脚。背中が引き攣っている。識はまだ叫びながら痛みにもがいた……どこも痛いはずがないと知りつつ。
「おい、識?」
 ルキーノが肩に腕を回し、体を揺さぶった。
「どうしたんだよ!」
 実際の身体感覚が戻る。背中には寒気が残り、ひどい寝汗をかいていた。体じゅう不愉快で息が荒い。
「夢を」ようやく口がきけた。額の汗をぬぐい、うしろ髪を払った。「見てた」
「そっか。怖い夢だったんだな」
「ああ、驚かせて悪」
 硬直して声を止めた。ルキーノが、つい今の今まで寝ていたふうで、そのうえ上半身裸という格好でいたからだ。
 しかも同じベッドの上にもう一枚掛け布団を持ちこんでいる。
「お前」
 慌てて肩の手を振り払った。
「何で俺の部屋にいるんだ!」
 識は枕をひっつかみ、ルキーノの顔に全力で振り下ろした。腕をかざし、ルキーノは小さくなって情けない声をあげた。
「やめろよ、寝てただけじゃねえか! なんにもしてねぇよ!」
「当たり前だ! 出てけ、今すぐ出ろ!」
「いてっ! 痛ぇよ、やめろよ!」
 ルキーノが背中から床に落ちたので、攻撃の手を休めた。
「だって、だって怖かったんだよ! 怖くて寝られなかったから」
「寝られなかったから来たのか」
「だって……」
「それはいい。一緒の部屋で寝るまではいい。でもおんなじベッドは駄目だ。あと服着てないのも駄目だ」
「下は履いてるじゃん」
 もう一度言った。
「当たり前だ!」
 それからルキーノが逃げ出すまで、枕で叩き続けた。

 朝食はルキーノが作った。郊外のホテルの食堂は、片隅にだけ電気が点り、窓はブラインドが下りている。
「なあ、識、具合はどうなんだ?」
「別の意味で悪い」
 朝食はブラックベリーのパイとカフェオレ。冷凍食品の味がする。ルキーノは、言葉に詰まり、質問の仕方を変えた。
「頭はもう痛まないか?」
「別の理由で痛い」
「いい加減許してくれたっていいだろ? 食事だってオレが作ってやってんだしさ、シャワーだって寝る部屋だってオレが昨日掃除したじゃないか。それで勘弁してくれよ」声の調子を落とした。「本当に怖かったんだよ。識もだろ?」
 黙々とフォークを動かす。背中に寒気が戻った。
 フレーニや行谷との出会いと、その結末。昨日の出来事に対する強い感情を、まだ処理できていない。体の不調は癒えていた。識は若くて健康だ。多少のことでは死なない。つとめて頭を動かすことで、精神の平静を保とうと試みた。
「フレーニさんは、この町が大きな乗り物だとしたらどうして中に海があるって聞いた」
「なんでだろうな」
「オルガンが近付いてくるのを見ただろう。あるいはオルガンに、街が近付いているのを。俺は多分、乗り物なのはこの陸地だけで、海は外界……この町は船か列車じゃないかと考えたんだ。途轍もなく大きなレールがあるのかも」
「だけどオレたちは砂浜があるのを見たろ?」
「砂浜も含めて乗り物か……。乗り物の見えない部分に水が浅く乗り上げて、砂浜に見えるようにしてるかもしれない」
 ルキーノは軽薄だが馬鹿ではない。彼に対する説明に、識自身も納得がいかなかった。海に入ってみれば分かるかもしれないが、恐ろしい想像だ。あの黒っぽくて波が荒くて、あまり清潔感のない海は、切るように冷たいことだろう。しかも冷たいくせにやたらヌルヌルと水草で滑る。
 その海に歩いて入っていって、砂地に脚がのめりこむのに必死で抗い、その足が砂を蹴立てて水を更に濁す。膝から腰へ、胸へ喉へとだんだん水が迫ってきて、いきなり陸がなくなったら? 大きな波に一呑みされて流されていくのだろう。海流に翻弄され、水面の明るいたゆたいが次第に遠ざかっていくのだ。水流がゴオゴオと耳を塞ぎ、水が緑に濁ってきてついに水面が消える。得体の知れないこまかな塵が視界いっぱいに舞い踊り、やがて漆黒の闇に包まれてもその塵だけは見え続ける。何故ならとうに腐乱したこの体から舞い上がるものだから。息を潜めていた奇怪な形の魚たちが、ゆっくりと自分に近付き始める。体はとっくに死んでいるのに意識だけが海面を求めて……。
 識はぞっとして頭を強く振る。
「なんだなんだ?」
「何でもない!」
 とにかく他に聞くべきことがあったはずだ。
「ルキーノ、いつも食事を作ってくれてるよな」
「ああ」
「じゃあ、知っているだろ? この食べ物の賞味期限」
 かちりと音を立ててルキーノがフォークを止める。上目遣いに識を見て、またすぐうなだれた。
「……特に書いてなかった」
 識は驚かなかった。暦や大体の月日が分かれば儲けものだと思ったのだ。識もカレンダーを探す努力をしたが、それは実らなかった。そして地名。信号機や電柱、板塀などに注意していたが、地名を示すものもなかった。
「ルキーノは前、季節がいきなり変わったりしたって言ったな」
「ああ」
「食べ物はその影響を受けないんだろうか」
「野菜とかはみんな新鮮だよ。たくさんあるし、誰かが運びこんでいるみたいに。衛生面でもちゃんとしてるし、食料もたくさんあって、でもどうして自分がここにいるかとか何すればいいのかとかが分からなくて……これじゃあ、まるで」
 飼われているみたいだ。
 自分と互いへの配慮から、二人はそうは言わなかった。
「時間と空間の繋がりがとても限定的だ」
「っていうと?」
「直感だよ。これらの食料品はこの町の冷蔵庫とかにしまわれて、その時点で時間が関係なくなったみたいじゃないか。だけど俺たちが食べてるこのパイはほとんど残ってない。食べたら減る。食べてるときの時間はちゃんと流れるんだ。人間が見ている時だけ時間と空間が結びついてるように思う」
「じゃあ、オレたちが存在しなければ町に時間が流れないってことなのか? 信じられないな」
「信じられないことは初めてじゃない。俺はもう信じられるとかられないとか、そういう尺度じゃ物事を考えられないよ。ありえないと思うことは今までたくさん起きた。多分俺たちは今までの常識を捨てなきゃいけないんだ」
「このパイは、俺たちが、食ったら減ることをちゃんと知ってるからこそ、減ってるってのか? じゃあ犬や猫が食ったら?」
「分からない。でも世界の様相に知能の程度が関係してるのなら、ある種の生物は生きていけないかもしれない。」
 時間をはかる意識がなければ、何も存在しないという事だ。
「極端な話、人間と同程度の知能と感受性を持つ機械があるとして」マンティスのような。「その機械も俺たち人間と同じように振舞えるだろうか? その機械が一声発すれば、目に見えなくても周りの空気が震動する。細かいことだけど、これも変化だ」
「言ってることが滅茶苦茶だよ」
「考える取っ掛かりとしては悪くないと思うんだけどな」
 二人はパイを片付けた。
「少なくとも――」
 口を拭い、言った。
「この世界がある種の不確定性に支配されていることは間違いないと思う。昨日ルキーノは松林を通ってあの家に来ただろ? 俺は住宅地を抜けてあの家に案内された。そんな風に。あれはよく分からない現象だけど、多分フレーニさん達が最初通ったときは住宅街だったんだ。みんなが住宅地として認識したから、その状態で固定されて――」
 言いながら荒唐無稽さに自信がなくなってくる。
「――だから俺が案内を受けたときも住宅街の様相を見せていた。でも俺を追ってきたルキーノは一人であそこにたどり着いた。その時変わったのか?」
「それは受け入れられない。じゃあ一体、識やフレーニ隊長やオレが見てない間に、あの家の周りはどうやって変わったっていうんだ? 誰も見ていない間はどういう状況だったってんだ?」
 答えようがなかった。何かすっきりしない。
「それに識、あの松林の一本道を通ってオレたち一緒に出ただろう? どうして松林のままで状態が固定されていたんだ? あのとき住宅地に戻ってたり、松林の中に住宅街があったりとか、まったく別の景色になってた可能性もあるってのか?」
 識はじっとうなだれて、黙ったまま考えた。ルキーノの言うとおり識が外に出ても松林のままだった理由は。そしてそうじゃなかった可能性は? 確率的なものだろうか。識にとっては家の周りは住宅地。ルキーノにとっては松林。家を出て確認するまで、住宅地である可能性と松林である可能性は共に50%だった。そういうものか?
 あるいは、二人で家を出る前から周囲は松林の状態で確定していたとしたら。
 何か分かりそうだ。
 焦りをこらえて呼吸を深くする。俺は最初なんて言った? そう、ルキーノに。あの直感だ。時間と空間が繋がっていない気がする。無意識はそうとらえていた。何故?
「時計だ!」
 大声が出た。
「俺はあの家で時計を見た。アラームが鳴っていたんだ、それを止めに行ったとき見た! あの時に変わったんだ!」
 それをきっかけに次々と新しいことが閃いてくる。言葉にするのが追いつかない。
「さっき言ったある種の不確定性、これこそがそうなんだ。ここでは時間と空間を同時に正確に知ることが出来ないんだ。ここが郊外の街のホテルで、食堂で、いま俺たちはそれを分かってる。だから日付や正確な時間に関するものが見つけられない。昨日のあの時、ルキーノは既にあの家の周りが松林だと思っていた。その時俺が時計を見た。時間を知った。だから俺が知ってる住宅地という空間が変化して、松林として確定されたんだ」
 ここで識は気付く。
 あのデジタル時計は、初めからあの家の中にあったのか? だとしたらフレーニたちはころころ環境が変わる中で暮らしていたのか? あるいは持ちこんだのだとしたら、どうやって? あるいは誰か――この世界の意志あるものが、識に見せるために置いていった?
「実験だとしたら……」
 行谷たちが持ちこんだ時計だったとしたら?
「事故でたどりついたフレーニさんは別として、行谷さんは志願してここに来たと言っていた。ルキーノ、意味が分かるか? ある程度のこの町の知識を持った上で、意図的にここに来た人たちがいたんだ。それなら何らかの手段で時計を持ちこむことが出来るかもしれない」
 それで、実験だとしたら。この街における時間と空間に関する何らかの実験だとしたら、ころころ変わる環境の中で暮らすことに意義があったのだろう。
「ルキーノ、どこかの地域が蟲に襲われたとしたら、俺たちはすぐに正確な情報と共に出動するだろう。どの場所に、いつ、どれだけの数の蟲が攻めかかったかって」
「ああ……」
「時間と空間の不確定性が真実だとしたら、これはすごいことだぞ! 応用すれば永遠に蟲が攻めてこられない都市を作ることができるんだ!」
 ルキーノは冴えない顔で識をじっと見るだけだった。ついて来れないのだろう。識は興奮したことが少し恥ずかしくなった。
 識は話すことで、話す前に比べて頭の中の整理がついた。それは話す前と後という時間の流れがちゃんとあるからだ。では、この話にどれくらい時がかかっただろう。まさかブラインドを開けたらもう夜ということはなかろう。
「……うん、まあ少し話が飛びすぎたかもしれない。少なくとも俺は今、時間は適正に流れてると思ってる」
「時間と空間がちゃんと繋がってないなら、どうやってちゃんと流れるんだ?」
「最初の話だ。俺たちがいるから。俺たちはもう二十年以上、一日二十四時間というサイクルの中で暮らしてきた。それが体に染み付いてるからだと思う。犬や猫だったらどうかは知らない」
「オレたちの意識が時間を流れさせてるって?」
「かもしれない。俺たちはそれ以外の時空の認識方法を知らないから。時間の流れが俺たちの無意識の願望でもたらされるなら、この街で起こる奇妙な現象も、あるいは」
「馬鹿言うなよ!」
 今度は識が驚く番だった。コーヒーカップが浮くほど強くルキーノがテーブルを叩いたからだ。
「オレは」
 日焼けした顔には血が上り、赤黒く変色している。
 どうしたんだと問いかけることもできず、ただ識は彼を見守った。ルキーノはうまく言葉が出てこないようだった。もしかしたら殴りかかってくるかも知れず、そのことにだけ備えていたが、ルキーノは震える息を整えて自分を抑えていた。その目に涙が溜まっていくので識はまた驚いた。
「オレはフレーニ隊長が蟲になればいいなんて願わなかった!」
 それからオヨヨと泣き出して、子供のように洟をすすった。
 彼を酷く傷つける発言をしたことに、識は気がついた。むろん識とて行谷や崔や、初めて会う人々が死んで蟲になればいいなどと思わなかった。
「わかった。分かったからそんな声出すなって。涙拭けよ。もう言わないから」
 識が差し出した紙ナプキンをひったくると、盛大な音を立てて洟をかんだ。
「ふ、フレーニ隊長は、かっこよかったんだ! 強くて、面倒見もよかったし」
 そのフレーニはルキーノを罵っていた。いやな気持ちが蘇る。
「もうやめちまおうよ、識。こんなわけの分かんねぇこと考えるの嫌だよ」
「やめてどうするんだ! 本当にすることがなくなってしまうぞ。自分が死ぬのはもっと嫌だろ? 考えなきゃ駄目だ。いつアレと同じ理不尽が降りかかるかわからないんだ。ルキーノは蟲になりたいのか?」
 色が黒くて筋肉質で長身のルキーノがかぶりをふる様は、変を通り越してグロテスクであり、居たたまれない気分にさせられた。が、何故か笑ってしまった。
「馬鹿にして笑ったんじゃない。睨むなよ。ルキーノ、何か思い出せることがあったら話してくれ」
「ホントに馬鹿にしてないか?」
「してない。そうだ、ルキーノはここがルキーノの国の光景だったり季節が変わったりするって前に言っただろ? もう少し教えてくれないか? この街が日本って国の光景に変わったのはいつだ?」
「オレが識を拾う少し前……。前にもそんなことがあったから、お前がこの街を日本に塗り替えたんだと思う」
「俺が来て変わったんなら日本にはならない。他の誰かの影響だ」
 二人はおし黙った。
「……季節のほうは? いつ、どのようして変わったか思い出せるか?」
「待てよ、順に思い出すから。フレーニ隊長たちと二手に分かれて、一緒に居た仲間が銃狩りの連中に殺されて……そうだ。その時までは景色も季節も変わらなかったんだ」
「いま、『海に近い日本の町の冬』が続いているように?」
「ああ。それでオレ仕方ないから一人で戻って、そしたら上手く戻れないことに気付いて」
「来た道を逆行しだしてから、季節や風景の変化が始まった?」
「ように思う……いや、そうだ。間違いない」
 力強く頷いた。もう目に涙はなく、確信の光がある。前進する意志を失くしたとき、識が予想する時間と空間の不確定性――これを何と名づけようか――が顕著なものになった。そういう見方もできるだろう。
 前、とは?
 オルガンのことなのか?
 ルキーノは思い詰めた様子で目を伏せている。
「ほかに、何か変わったことはないか?」
「識と出会うちょっと前に、おんなじ話を聞いた気がするんだ」
「気がする?」
 識は細い眉を寄せ、居ずまいを正した。
「いつ、誰から?」
「オレよく理解できなかったから、識がいう事とおんなじ話かどうかよく分からない。オレが後戻りを始めてからなんだ。じいさんに出会った。東洋人の小汚い感じのじいさんだった」
「うん」
「廃墟の町にいた。戦争でもあったのかってぐらい壊れ果てた町で、建物も全部古臭くて、じいさんは階段に座ってたんだ」
「階段」
「地下に降りていく階段が剥き出しになってて。びっくりしたんだ。その地下の暗いほう向いて年寄りが座ってるから。なんか空も真っ赤でスゲェ感じだしさ。最初死体かと思ったけど、生々しいし、背中動いてるから息してるみたいだし」
「話をしたか?」
「何してるって話しかけたんだ。そしたら何かブツブツ喋ってて……それがさっき識が話したみたいに、季節と町が固まらないとか、どうとか」
「それで」
「そのじいさん一人しかいなかったけどな。ああ! もっとよく思い出せねえかな。駄目だ。あの時よく聞き取れなかったし、意味分からなかったし」
「その人はどうなった?」
「真っ暗な階段下りてっちまった。ついて行かなかった。ああ、あとオレここはどこですかって聞いたんだ」
 ぎくりと首を上げた。
「そしたら何て?」
「ここはオルガレータ以外のどこでもない、って。それだけははっきり言って、階段に」
「そうか。オルガレータ以外のどこでもない、か……」
「出てみようぜ。外がどうなってるか気になってきた。今はよく分からないけど昨日は加速したよな。オルガンが近付いてるかもしれない。高い建物を探そう」
「ああ、それ自体は賛成だけど」
「なんだよ」
「あの子を置いてっていいのか……」
 つかの間のルキーノの昂揚が、後ろめたさに隠れる。
「皐月ちゃん、あの子は今どこにいるだろう」
「子供って結構すぐに遠くに行っちまうぜ、遠くに」
「俺は戻ってあの子を探したい。戻るというのが単に地理的な問題じゃなくて、この世界を解明したいという意志の問題だったら、俺たちの前にもう一度あの街は現れるはずだ」
「あの子供の意識が街を変えちまってるかも知れない」
「別行動をしよう、俺はあの子を探しに戻るから」
「駄目だ!」
 ルキーノが強く否定した。
「別行動は駄目だ、いつまた狙われるか分からない! その理屈じゃあ、離れてる間に街の様子が全然変わって、会えなくなるかも知れないじゃないか」
 それもそうだと納得する反面、識はいらいらしてきた。ルキーノが民間人、しかも小さな子供の身を本気で心配しているように見えないからだ。確かに今更戻ったところで皐月が見つかる可能性は低い。それでも……。
 ルキーノがコインを出す。
「じゃあ、こうしようぜ。表が出たら子供を捜しに戻る。裏が出たら高いところを探して先に進もう」
 コインが宙を舞う。天井近くにまで飛んで、彼の手の甲に返ってきた。コインは裏だった。

 ―ここは死者の国―

 緩やかにカーブする海辺の道を、二人は自転車を押して黙って歩いた。山や丘はなくなっていた。開けた休耕田が広がり、遠くに高い建物群が黒く霞んで見えた。
 識はふと、今の本当の季節は夏で、この雪は灰だ思った。
 べつに根拠はない。

 身を切る風の刃。
 刃の巨人が枯葉をまとい、識とルキーノを巻き添えにして街路を走り抜ける。白い息がたちまち顔の後ろに流れていく。
 アスファルトというらしい黒くて固い道路も、今は雪をかぶっている。コンクリートや、鏡張りだったり、その他よく分からない材質のビルが高くそびえている。見上げても、灰色の雲に更に濃い灰色の雲が重なっているだけ。識はうつむく。風が冷たすぎて、耳の奥が痛い。
 アーケードの暗い商店街に着いた。いつまでもぼさっと並んでいても仕方がない。唇がかじかんでいるので、「俺はこの先の様子を見てくるから見晴らしのいいところを探してくれ」という旨を、できるだけ小さな口の動きで伝えた。ルキーノが去っていく背中を見送り、ふと我に返った識は、自分は何も喋らずにルキーノと以心伝心したような気がした。
 路上駐車の車たちや、アーケードの屋根と雪雪雪。
 店々はシャッターが下りているか、そうでなければガラスが割られている。靴屋、金物屋、日用雑貨の店。連邦の色んな国にも同じような商店街がある。異国であっても懐かしい。
 三つ辻に出た。アーケードが途切れ、視界がきくようになる。
 視線を感じた。
 首に微かな刺激がある。
 狭い敷地に無理して台形に立てた建物の、三階の窓だ。
 台形の上辺の窓の向こうには、大きな作業台らしきものが認められ、そこに本や紙束が積まれている。笑う人間の顔がある。いや、紙だ。光の加減でそう見えるだけで、――いいや、やはり顔? 黙って見上げていた。老人の笑った顔なのか、紙なのか。じっと動かない。
 裏口に回った。従業員用の暗い戸と、窓も明かりもない廊下。電気のスウィッチを押してみたが、つかない。戸を開けっ放しにして、吹き込む風に背中をさらしながら、暗闇に目が慣れるのを待った。警備員の詰め所の横に自動販売機があるが、それも動いていない。
 廊下の向こうに壁の仕切りがある。仕切りの奥に階段があった。三階に上る。
 三階は真っ暗だ。いざ上ってみれば窓が一つもない。気配を殺して歩を進める。棚がいくつもあった。書店らしかった。指に当たる手触りで分かる。そのうち、天井の一角にうっすらと明るいところがあるのを見つけた。
 店のバックヤードだ。
 入り口をそっと押した。さっきの窓の前に、たくさんの本が積まれていた。床にも、作業台にも、所狭しと本やダンボールが積んである。作業台には置き書きがされていた。
『店長へ A-30の箱に送り状が入ってなかったです。 北瀬』
 車の走行音が聞こえた。大きな窓の下を通り、角を曲がって、天井近くの明り取りの下で止まった。
 識は本を運ぶラックに足をかけ、明かり取りに顔を寄せた。
 見たこともない形の自動車から人が三人おりてくる。太った中年の男と、金髪の若い女。もう一人の男の姿に、まさかと思いながら識は息を止める。心拍が飛び、顔が熱くなった。
 蘇比だ。
 はじめに感じたのは恐れだった。胸が、痛いような冷たいような感覚に支配され、それを堪えてラックを飛びおりた。
 勘を頼りに暗い売り場を抜け、従業員通路へ飛び出す。立ち止まるが、他に足音はなかった。一階へ。従業員入り口の横の壁に身を寄せ、耳を澄ませた。何の気配もない。右手に拳銃を握りしめ、ドアを押し開けた。
 飛び出そうとしてたたらを踏む。
 外に地面がなかった。
 向かいの建物もなかった。
 赤く色づいた雲。
 絶えず降りしきる雪。
 ずぅっとずぅっと下の足もとに海が広がるだけ。
 荒波の、落ちたら死ぬ海。凍える海。
「チカコはかわいそうな子だ」
 識を振り落とさんばかりに、町が急な加速をした。体がふらつき、ほとんど転ぶにしゃがんで堪えた。海からの風が顔をうつ。潮香に死の気配があった。
「五月になったら父は帰るとあの子は信じていた」
 振り向いた。階段と壁の仕切りから、階段の向かいの壁へと、老人が歩いていって消えた。立ち上がろうとしたら、町が更に速度を増す。最初の加速の比ではなかった。壁に体を打ちつけた。識は一人だった。さっき見た白髪の男はいなかった。そして、その男の消えた場所には、やはり壁しかなかった。
 歯軋りし、識は動き出す。
 表に回り、正面玄関の入り口を開け放った。こちらの地面は残っていた。来た道を駆け戻る。アーケードは暗く、それでもあのビルの中よりは明るい。ちょうど町の進行方向へと走る形だった。どこまでも走れそうな錯覚を味わう。ルキーノがビル街のどこかに居るはずだ。
 隣の道路に一瞬人影がよぎり、すぐに消えた。識は見逃さなかった。走りながら素早く五感を周囲に巡らせる。
 尾行されている。
 真後ろと反対側の歩道。
 襲いかかる気配はない。識は全力を出して交差点をつっきり、オフィス街に突っこんだ。最初のビルの角を曲がって細い道に入る。それからビルの後ろに回りこむ。角から大通りへ顔を覗かせると、間もなく尾行者たちが追いついてきて、識を探して辺りを見回す。二人とも洗練された動きとは言いがたい。少なくとも正規の機関で訓練された人間ではない。だが体はかなり大きく、よく鍛えられている。識からよく見える位置で、二人は短く言葉を交わし、一人は識がいない方の道へ走っていった。
 もう一人はそのまま大通りを行き、識はその後をつける。前の男には自分が尾行されるという発想はないらしい。識もわき道に入り、足音を殺して走った。ジュースの缶が落ちているのを見つけ、向かいのビルめがけて蹴った。
 ビルの陰に身を隠す。男が現れ、空き缶を見つけて拳銃を抜く。足音がどこに向かったか分からなかったのだろう。相手が完全に背中を向けた時、識も拳銃を抜いて走った。
 相手が振り向く。
 その銃口が識を向いた。
 識は瞬時に踵でブレーキをかけ、男の手を狙って撃った。銃声はしない。空気を切り裂く音の後、銃弾が男の拳銃を弾き、男はその場で手首を押さえこんだ。その隙に、走る。
 顔を上げた男が腰から警棒を抜く。
 距離が縮まる。あと少し。警棒が振りかぶられる。男の肩の後ろから頭上へと警棒が動く。こういう時いつも相手の動きがゆっくりに見える。理由は分からない。識は右手をかざし、男の手首にあてて攻撃をとめた。すれ違うように男の脇の下から自分の左腕をいれ、棒を持ったままの腕に絡ませる。手首を強く握った。
 男が膝を折る。その勢いで路上に仰向けに引き倒した。右手には男の手首が、左手には奪った警棒があった。識は男の傍らに片膝をつき、警棒を首筋に当てた。背中をよほど打ったのか、顔をしかめて呻いている。髪が黒く、肌も浅黒い中年だった。
「お前、儀礼銃を奪ってまわってる奴らの仲間だろう」
 逆光で見る識の表情を恐れたのか、男が表情を引き攣らせる。鼻が高く、濃い顔をしている。連邦の人間ではない。
「どうしてそんな事をするんだ、奪った銃はどこへやった!」
 人が走ってくる気配があった。まずい、と思ったときには大通りのほうから、こちらへ姿を見せていた。力が緩み、その隙に男が識の両手を振りほどく。強く押されて倒れた。転がって距離をあけ、すぐに立ち上がる。いきなり手が伸びてきた。識は襟首をつかまれて、背中を建物に押し付けられた。踵が浮いて身動きが取れない。喉にかかる男の手首を両手で握り締めたが、振りほどくことはできなかった。
「聞けよ。コイツどうしてそんな事をするんだ、だってさ」
 二人の尾行者が目前に並んだ。取り押さえられていた時とは随分な態度の変わりようだ。鼓膜が裂けるような音と共に、顔の横で青い火花が散った。思わず目を閉じ、顔を背けた。二人が笑う。スタンガンがわき腹に押し付けられた。そいつも同じような容姿で、同じような品のない顔つきだった。
「こいつどうする?」
「連れてってしめ上げようぜ」
 最初の男が顔を近づけた。
「お前儀礼銃士だろう。どこの国のもんだ」
 黙って睨みつけていると、首を絞める力が強くなった。わき腹にスタンガンが食いこむ。それでも答えなかった。
「……気の強ぇ兄ちゃん」
 直後、銃声が二発曇り空に響いた。手が離れる。スタンガンの男がとびのいた。踵が地面につき、前のめりによろめく。軽く咳をして目を開けると、音がしたほうにルキーノがいた。すかさず、一人が識を人質に取ろうとした。その手をかわすと、ルキーノが更に撃つ。敵は追って来なかった。怒鳴りあいに新たな銃声が続く。そして一際つよい銃声のあと轟音に変わった。今走っている道の建物の裏、さっきまでいた側の壁が崩れ、地面が揺れる。儀礼銃を撃ったのだ。ルキーノが現れたところに戻ると、彼は大通りの反対側にいて、識に片手を振っていた。なにか叫んでいるようだが、聞こえなかった。あの二人は、儀礼銃が直撃しなかったとしても生きていなさそうだ。中央分離帯を飛び越え、通りの向こうでルキーノと合流した。
「何を考えているんだ! 相手は人間だぞ!」
 助けてもらった礼を言おうとしたのに、口をついて出たのは責める言葉だった。ルキーノが悲しげな顔をするが、反省したり詫びたりする暇はなかった。
「でも、あいつらはオレの仲間たちを殺したんだ! 識にまで」
 交差点に出た。そこで立ち止まり、ルキーノは言った。
「フレーニ隊長なら絶対にそんな奴ら許さなかった!」
 そのルキーノの胸に赤い光点が宿る。体当たりを食らわせた。銃弾が識の背中を掠め、熱風を感じた。ルキーノの上に伏せて顔を上げる。扁平な建物――駅だ。駅の中から狙撃された。
「走れ!」
 ガードレールを乗り越える識のうしろを、慌ててついてくる。走りながら火車を鞘から外し、進行方向の、一階の一面がガラス張りになった商社ビルに投げた。火車がガラスをぶち割り、暗い屋内の床を滑る。
「早く!」
 まだ走っているルキーノと、駅舎から身を乗り出して狙いを定めている男とが見えた。
 銃声。
 ルキーノが建物の中へ前のめりに倒れこむ。間にあわなかった! 背中が冷えるが、そうではなかった。ガラスだらけの床から身を起こすと、慌てて服についたガラスを振り落とそうとする。識は右手に火車を提げたまま、左手でルキーノを立たせた。受付の奥のドアを抜けると長い廊下だった。ライトをつけ、ルキーノはソファに座り込み、識は壁に背中をつけて呼吸を整えた。
「怪我はないか?」
 ルキーノは無言で頷いた。
「オルガンが――」
 ガラスを踏む音。息をのんだ。来ている。ドアの前に立った。識はドアを撃った。安い木の板が弾け飛ぶ。
「先に行け!」と、識は叫んだ。「出口を探すんだ!」
 ドアの破れが押し広げられ、射撃をとめたら、向こうに人間が動くのが見えた。識はソファの影にうずくまった。ルキーノが走っていく。ドア越しに撃ちあううちに、向こうの相手に弾が当たった。ちょうど、廊下の先からルキーノが呼んだ。ライトを振り回している。駆けつけると、廊下を曲がった突き当たりに非常口の鉄扉があった。識はうなずき、鉄扉のノブを覆うプラスチックカバーに手をかけた。
「ルキーノ、ここを出たら一人で走るんだ。俺が援護する」
 カバーを外し、鉄扉を開け放つ。ルキーノが飛び出し、遅れて非常ベルが鳴り始めた。彼を狙うものはいなかった。振り向いたルキーノが手を振る。識も走った。やがて二人を狙う銃声の代わりに、遠くで人の叫び声が聞こえた。
 蟲だ。
 蟲に襲われる時と人に襲われる時とでは、人間の声は違う。狭い道を走りぬけて、空を見上げた。羽音がないのが不気味だった。人間が蟲になったのだとしたら、さっきルキーノが吹き飛ばした二人だろうか。ルキーノは駅の方角へ走っていって見えなくなる。援護の必要はなかった。識も走る。市街から、空へと黒い点が浮き上がり、識見がけて見る間に大きくなってくる。
 ビルの前で識が立ち止まり、飛んでくる蟲を見上げた。嬉しげに羽を鳴らしながら急降下してくる。ふいと背を向けて角を曲がる。止まれなかった蟲がビルに激突し、路上に墜落して転がった。
 次の角を曲がると、壁に大きな目玉模様が張り付いていた。
 一階から三階までを覆う四枚の翅。赤茶色を基調に黒い斑点が散らばり、中央に白い目玉模様がある。最初それがビルの奇妙な装飾に見え、蝶だと気付いた識はその場で硬直した。
 真っ黒で丸い蝶の目がいきなり識を見る。
 識は背中を向けて走り、振り向きながら、腰をよじって火車を投げた。ちょうど茶色の蝶が飛び上がろうとしていたところで、蝶は青い炎に包まれてもがく。
「識!」
 間近でルキーノの声が聞こえた。
「いるのか?」
「ここにいる!」
 加速した。
 手をついて揺れに耐え、裏道から駅のある通りに顔を出すと、ルキーノが安堵した様子で顔を見せた。
「加速してる方向に走ろう! 識、オルガンが近付いてきてるんだ。さっき見たんだよ!」
「やっぱり、この町がオルガンに向かって動いてるのか?」
 あの建物が何なのか識はまだわかっていない。オルガンだとしてそこに着いたら何が起こる?
 ルキーノは、オルガンの調律が狂ったから蟲が飛んできたと話した。きっと誰かがそんな逸話に謎を解く鍵を託したのだ。行ってみなければわからない。追っ手はなかった。人も蟲も。
 高架下をくぐると海だった。
 短い下り坂の向こうに海原が広がっている。そしてもうかなり間近に迫った黒い影に、目が吸い寄せられる。
 加速はやまない。前を走るルキーノが前のめりになり、咄嗟に彼の上腕をつかんで支えた識も転んだ。ルキーノの体重に振り回されて弾みがつき、下り坂を転げおちて手すりで背中を打った。波しぶきが顔に届く。体が海に向かって引っ張られている。識は暗い海を恐れて慌てて立ち上がろうとした。
 ルキーノが手を貸す。ふらついて上手く走れない。行く先に古い灯台のような監視塔があった。
「機関室、見つからなかったな。どういう仕組みで動いてるか知りたかったのに、見つからなかった」
 ルキーノが、そう言って監視塔を囲う柵を乗り越え、識のために閂を開けた。大きな錠を壊して扉を開ける。中はひどく圧迫感のある螺旋階段となっていた。壁が大きく階段へとせり出して、隙間になんとか階段があるという感じだ。小窓があるらしく、螺旋のカーブの先がうっすらと明るい。
 上りきった先は、壁のほとんどが窓になった展望室だった。埃が積もり、床に足跡が残る。ルキーノが窓辺に寄る。
 オルガンが展望を埋めていた。
 それがどういう材質で出来たどのような形の建物なのか、何を目的として作られたのか、どのような仕組みでこの海の中に立っていられるのか、まるで分からなかった。
 もう見上げることもできない。
 ああ、オルガンだ。目指していた建物だ。遠めに見ても黒かったが、それは暗いからではなく、本当に黒いからだと分かった。黒すぎて、もうこんなに近くにいるのに建物の凹凸すら分からない。影がつかないからだ。この建物じたい影で出来ているようだ。
 向かう先に、海に接して僅かに明るいところがあり、そこに向かって町は減速している。
「人がいる!」
 ルキーノがそう言って双眼鏡を押し付けてきた。
「あそこ、光って見える入り口のところ!」
 双眼鏡を目に当てて、その地点を探した。いきなり真っ暗闇が――オルガンの壁が視界を塞いで識はうろたえたが、すぐにルキーノが言うものを見つけることが出来た。
 海が細くなって吸いこまれていく入り口。そこに細長く張り出した船着場のような地点がある。あるいは駅の乗り場のような。
 そこに、若い女と子供が並んで立っている。
 識は黙って見詰めていた。
 体が震えてくるのを止めることができない。
 それは、死んだはずの奥村十和子と、まだこの町にいるはずの皐月の姿だった。
 十和子が皐月を促して、この町をのみこむ矩形の入り口の中に入っていく。
 あれは死者の国だ。死んだ人間が行く場所なんだ。いいや、そんなはずはない。俺は生きている。そんな筈は。オルガンにのまれて姿が見えなくなるまで、十和子はこちらを見ていた。
 識が見ていることを知っているように。
 識と目をあわせて。じっと。双眼鏡の中を。
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