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読みきり作品 吉野慧

投稿作品『すなのつわもの』 著者:吉野慧

 彼らはあまりにも疲れていた。何日にも続く行軍にも疲れていたし、何よりも上級兵の怒号に疲れていた。
砂の混じった風が通るような不毛の大地を、何の不平不満も言わず歩き続ける事など、新兵にとっては耐えられることではなかった。
しかし、下手に言葉を発しても、残るものは、殴られて我が口腔から吹き出る血の味と、じゃりじゃりとした気味の悪い砂の感触だけだった。
 
 荒野を歩き始めて何日かしたころ、遂に彼らの何人かはやりきれなくなって軍隊から逃げ出してしまった。
そのうちの何人かはその場で撃ち殺された。結局、生き残ったのは六人だけで、その他は皆殺されるか、水に喘ぎ道に倒れ、わけのわからぬ言葉を口にしながら息絶えてしまった。
 
 残った脱走兵らは数日で困窮した。逃げ遂せたのは良かったが、彼らは人里離れた所を進まねばならなかった。今までは細々とした川や草草が多少なりとは自生し、風もたいして強くはなかったのが、急な砂嵐が昼も夜も彼らを襲ったのだった。
流れゆく砂に揉まれた兵士の身体は見る見るうちに乾き、溺れ、そして凍てついた。
点在する村を除けばこの地より先は滅多に川も草木もなく、道の先には死が構えていた。
 
 決断しなければならなかった。このまま荒野を彷徨歩くか。それとも、捕縛される危険を冒してでも村に入るか。
 話し合いは必要なかった。既に肉体と精神の疲労が答えを出していた。少しでもいいから透き通った冷たい水を喉に通したかった。
 彼らは遂に静かな村の入口に足を踏み入れた。何があるかわからない。彼らは兵隊で、しかも脱走兵なのだ。人は当然彼らを警戒し、然るべき場所に知らせるはずだった。震える手で銃、彼らは緊迫し硬くなった表情で、しかし震えまいと堂々と装い、石のように重く硬い足を前に動かした。
 
 村は彼らを迎え入れたように思われた。
彼らは町の中で好きなだけ水を飲み、満ちすぎる程に腹を満たした。しかし、無くなった水や食料のことに気をかける者は誰一人としていない。彼らは誰にも相手にされてなかった。誰にも彼ら脱走兵の姿など見えていないようだった。
 
 彼らは喜んだ。放逐されることもなく、このままこの村で生を営むことができるのだ。食料は尽きず、泉は湧き緑青色の葉をつけた木も僅かながら立っていた。
 
 だが、話しかけても誰も答えてくれないので、外の世界については何も分からなかった。村の外は年中砂嵐が吹き続け、今が冬なのか夏なのか、夜なのか昼なのかもわからなかった。砂は光を跳ね飛ばし続け、長い長い反射の末に微かな光のみを村に届けた。
 
 なんだか多くの年月を過ごしてしまったような気がした。村の人々の顔ぶれも、少しずつ変わってきたようだったけれども、そうではない気もした。何百年も過ぎたようで、たった数日しか経っていないようだった。木は何時まで経っても緑の葉をつけ、泉の水が止まることは決してなかった。
 
 幾度か村の外に出てみようかと考えたが、いざ村の出口に立つと、まるで不意に、ドン、と崖から突き落とされるかのような恐怖の感触が背筋を襲い、いつの間にかまた村の中に戻ってしまっていたのであった。
 
 彼らは仕方なく砂のように村の中を彷徨、流れ続けた。
いつからか、彼らの体は少しずつ黒くなった。理由は知れない。止まることを忘れだらだらと歩み続け、その身体全てが遂に暗黒に覆われたとき、ふいに吹き荒れていた異常な砂嵐は止み、夕焼けの美しい紅葉色の光が煌々と村の隅々まで照らした。
 
 ふと、紅い爽やかな光を浴びた彼らの身体は大量の炭となった。そしてのっしりと重く、酷く口惜しいように村の外にダラリと流れて行った。
Comment

ありがとうございます!

うわぁい! こんなに早く新作が読めるとは
思っていませんでした。ありがとうございます。

お話はとても哀しく虚しい…しかしそれを大幅に
上回る美しさを感じてやみません。
一切の詳細が書かれていないことも
想像力をかきたててたまらない!
国も時代もなにも判らない。
そこがこのお話のキモのように感じます。
あくまでも私の趣味性癖を踏まえた結果の感想ですが…。

たくさんの考察を楽しめます。嬉しい限りです。
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