お話の、あるところ。

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竹の子書房用:黒実 操

竹の子書房【絵が先 首がない体】『お代は見てのお帰りで』 黒実操。


 ほんのちょっと、タバコ一本吸い終わるくらいの時間、息抜きに散歩するだけのつもりだった。
 俺の所属劇団は、夕方に初日を控えていて、今は皆、無駄に張り詰めた空気で居心地が悪い。散歩って柄じゃないけど、『あしたのジョー』も終わっちまって、漫画って気分でもなかったんだ。
 ああ、気詰まりだった。外はいいなぁ。
 と、伸びをした脇の下から、男の顔が、ぬっと現れた。全面、脂でテラテラと光っていて、恐ろしく醜い。
「っ、な、なななんだ」
 飛び上がるほど驚いた。が、そんな俺の様子など全く無視して、
「さぁさぁ、お兄さん、ね、チラシチラシ。どうぞどうぞ、まぁまぁ見てやってくださいね。首無し美人、ね、首無し美人ね。昔懐かし衛生展覧会の再現ね。ほらほらチラシチラシ、そこそこ、すぐそこね」
 ベラベラと捲(まく)し立てる。
 何だよ、この小男。
 ああ、昼間ッから客引きかよ。俺の顔を知らないか、こいつ、ここいらの者(もん)じゃないな。気持ち悪い奴め。ったく、験(げん)が悪い。
「へへへ、えへ、お兄さん、ね」
 覗き込むように顔を傾け、塩辛声で付きまとう。吹き出す歯槽膿漏の臭いに、ゲッとなる。
 そこで一瞬の隙。
 逃さず、俺の手に、強引にチラシを捩じ込んできやがった。握り潰されてて、湿っている。
「っ、何しやがる、あ」
 口を開いた拍子に、咥えてたタバコが落ちた!
「えへへ、へへ、すまね」
 小男はヘラっと笑う。
「あのねあのね、そこの角、曲がったビルの二階。綺麗だね。死にたて死にたて」
 ムカッ腹が立つ。振り払う。
「そのチラシがないと見れないね。首無し美人は気位が高いのね。死人のくせにお客を選びやがるのね。えへへ、へ」
 奴から早く遠ざかろうと、早足になる。自然、ああ、言うとおりに角を曲がってしまった。
 間髪を入れず、スッと、別の男が俺の前に立ちはだかる。こっちは頭ひとつ、俺よりもでかい。
「っあ、このやろ」
 危うく、ぶつかるところだった。
 ――こいつも仲間か?
 容赦なく睨みつけてやるが、動じないときた。いや、待て。
 山高帽と黒眼鏡で、マッチ棒のようなシルエット。表情が全く読めない。だけど身に付けている物からは、高級品の臭いがプンプンする。俺よりもずっと年長、初老といってもいいくらいだ。
「おや。貴方。衛生展覧会のチラシをお持ちですね」
 ああ、やっぱり小男の仲間か。何なんだよ全く。絡まれる理由が判らない。そもそも、チラシの前に謝れよ。だけど、
「あ、は、はい。その、貰ったんですよ」
 そこは我慢して立ち止まる。こいつは結構な紳士だ。――役人かもしれない。何にせよ、この辺で見るのは、珍しい部類の人間だ。絡むのは得策じゃない。
 下手すりゃ、芝居に支障が出るからな。ただでさえ、風紀上好ましくないとかなんとかレッテルが貼られてるんだし、ああ、面倒はごめんだ。
「それをお持ちとあればご縁です。どうです。お時間がありましたら見ていかれませんか」
 黒眼鏡はとことん濃く、その眼(まなこ)を覗き込もうとしても輪郭さえ見えない。だけど、やつが俺を見据えていることがはっきりと判った。
 ふと、口元にある、潰し損なったニキビのことを思い出した。妙に恥ずかしくなり、軽く手で隠す。
「どうしました。珍しい展示物がたくさんありますよ。見ていかれませんか」
 にゅうと、その長い首を曲げて俺を見る。真っ暗な丸い二つのレンズが、そのままヤツの瞳孔のような錯覚が起きる。
「……はい、せっかくですから」
 俺は――、呑まれた。
 黒眼鏡に促されるまま、指されたビルの、薄汚い細い階段を登る。隅に、黄色い三角の蛾が何匹も転がっていた。
「こちらです」
 人の気配はない。看板もポスターもない。
 何の変哲もない、古びた事務所のようなドアの前で、ヤツはノブを指した。
「どうぞ。お客様がお先に」
 言うと、唇の両端に、土塊(つちくれ)を掘り込んだような皺が現れた。
 俺はそれを愛想笑いだと受け取り、微笑を返す。自分でも、ぎこちないと思った。
 はっ、これでも筆頭俳優なんだけどな。ああ、弱小劇団と言われればそれまでだけど。――自尊心(プライド)は、あるさ。
 軽く頭を下げて、ノブを捻る。
 思いの外(ほか)、静かにドアは開いた。
 中は十畳程の広さで、会議室にあるような細長い机が壁沿いに並び、真ん中がぽかんと空いている。
 その異様な感じに、黒眼鏡の存在を忘れる。
 カツカツと、自分の靴音がうるさい。
 机の上には、稚拙な造りの人体の一部らしきものや、生首が雑然と置いてある。それぞれに【座り胼胝(だこ)】、【烟草(たばこ)の吸い過ぎで変色した肺】、【無理に針でほじくろうとして腫れ上がった面皰(にきび)】等々、ボールペンで走り書いたような、説明文なんだろう、メモ紙(がみ)が添えてある。
 その作り物は紙粘土で出来ているようで、絵の具か何か知らないが極彩色で塗りたくってあった。チューブから出したそのままの色合いで、工夫が一切ないところが却って生々しい。
 ――気持ちが悪い。
 こんなものを展示している意図が全く判らない。前衛芸術の類(たぐい)なんだろうか。
 俺の劇団もUnderground(※横書き表示のままでお願いします)と呼ばれるものだし、「ソウイウモノ」に対する知識も理解も、あるほうだ。しかし、これは――。
 判らない。
 顔を上げた。
 黒眼鏡が、こちらに向いている。
 歩いてきた。
 足音はしない。
「これらの模型で人々の健康に対する心構えを啓蒙(けいもう)するわけですよ」
「はい?」
「それが衛生展覧会という催しの目的なんです」
「はい……」
 俺は反応に困った。啓蒙と言われても、この珍妙な展示物で、いったい何を思えというんだ。
「ここまではどなたでもご覧いただけるものです。でも貴方はチラシをお持ちです。特別に美しい展示物とご対面できるのですよ」
 ヤツの尖った顎が、ツと部屋の奥を指す。
 先にドアがある。
「あの部屋で待っています。逢ってやってはくださいませんか」
 引っかかる物言いだ。
「その、逢って、って……」
「早く。逢ってやってください」
 黒眼鏡が真正面から、迫ってくる。
 圧迫される。
「ああ、はい、では」
 ヤツの背の向こう側に、入ってきたドアがある。俺を逃がさないような立ち位置だ。
 ――駄目だ。神経が過敏になっている。
 軽く頭を下げた。が、視線は外さない。ヤツから目を離すのが嫌だった。
 半身を捻ったまま、ドアを開く。
 内開きだった。
 冷気が顔に刺さる。空調が利きすぎている。鳥肌が立つ。
 首を竦(すく)めた拍子に、黒眼鏡から目が離れた。
 ドアは開けたままで、部屋に入る。
 前と同じ、殺風景な部屋だ。
 ただ、長机も、妙な手造り品もない。代わりに正面の壁際に、臙脂色の布が敷かれていて、長く大きな透明のケースが置かれていた。中にある、あれは――。
 ああ、子供の頃に『白雪姫』の漫画映画を見たっけな。まるで、そう、あれだ。
 でも、硝子の棺の中に横たわっているのは、黒い髪でドレスを着たオヒメサマじゃない。
 全裸で、首がない、女。
 今までの展示物とは格段に違う、ああ、すげぇ!
(死にたて死にたて)
 先(せん)の小男の台詞が、ふと、過(よぎ)る。
 まさか。
 まさか、な。
 ああ、ほら、青白い肌にはプラスティックめいた艶がある。ギザギザの首の切り口だって態(わざ)とらしく、あまりにも乱暴だ。露骨すぎる。これは怖がらせるために作られたモノなんだ。お化け屋敷と同じだ。
 ここまで自分に言い聞かせて、俺は噴き出した。
 だいたい本物の死体を、どうやって調達するというのか。馬鹿馬鹿しい。
 落ち着いてよく見れば、膨らみはあるが淡い印象の胸。脂の乗らない腹、細いながらも血管の浮き出ていない四肢。成人しているかも怪しい年頃の、女の身体だ。
 いや、女とは呼びがたい。少女の、それだ。
 淫猥な感じはない。
 しかし、やはり、どうしても反応してしまう。極(き)まり悪く、ズボンのポケットに手を突っ込んだ。
 微かな罪悪感。
 首がないことが余計に妄想をかきたてる。
 この肢体に相応しい首。
 そして、過(よぎ)る記憶。
 ああ、この感じは――。
「よく見てくださいよ」
「わっ」
 耳に直接吹きこまれたような低い声に、俺は我に返る。いつの間にか、黒眼鏡の男がぴったりと隣に立っていた。足音はしなかった――はずだ。
「よく見てください。この娘はまだ歳若い。本来なら男を知るはずもない無邪気な年頃の娘さんなんですよ」
 空調がきつい。
 鳥肌が治まらない。
「どうして首がないとお思いですか」
 黒眼鏡が、俺を見据える。
 喉が渇く。
「ああ、いや、俺には判りませんし」
 首がない。
 首がない。
「では貴方はこの身体にはどんな首が相応(ふさわ)しいとお思いですか」 
「えっ」
「よく見てください。この身体。よく見てくださいよ」
 黒眼鏡から目を背けるために、棺に目を遣った。見るためじゃなかった。
「見てください。どうです。見覚えがあるでしょう。その乳など特に見覚えがあるでしょう。細い指先も見てあげてください。貴方の無骨な指が絡んでいたことを思い出しなさい」
 俺は、黒眼鏡を振り返った。
 ああ、そうか、この身体は。
「貴方に恋して恋して恋して。愚かにも身体を投げ出した娘さんの成れの果てですよ」
「このこは」
「娘さんは首を吊りました。細い細いその首はビニール紐に耐えられずにちぎれて飛んだ。縊死ではなく斬首によって死んだのです。どれほどの痛苦だったことか。僅(わず)かでも想像できますか。心だけならず身体さえも」
「このこは」
「私はこの美しい身体を貰い受けることを条件に恋の成就を承りました」   
「だから、このこは!」
「判ってらっしゃるではないですか。貴方が一夜遊んだ娘さんですよ。捧げられた恋心の重さに怖気付(おじけづ)いて逃げられましたよね。ほんのふた月前のことでしたよね」
 俺は入り口を見た。ドアは開いている。
「遊んだも何もない。俺は、こいつに頼まれたから抱いてやっただけだ」
 まずい。こいつ、あいつの父親か、それとも、ああ! 面倒はごめんだ。
 逃げよう。 
 黒眼鏡が誰なのか、これは本物の死体なのか、全部どうでもいい。逃げるんだ!
 だいたいあいつは自殺したんだろう、俺が殺したわけじゃ……。
 男を突き飛ばす。
 同時に床を蹴る。
 摺り抜けざま、首筋にチクリと痛み。
 構わず、駆ける。
 世界が――反転した。
「私は報酬をすでに得ています。娘さんとの約束は果たさねばなりません」
 真上から、黒眼鏡が覗き込んできた。  
 俺は、床に倒れていた。後頭部がおかしい。
「どうせ動かなくなるのです。もうどうでもいいでしょう」
 物騒な物言いに叫ぼうとしたが、声が出せない。
 男は俺の足元に周り、靴と靴下を脱がせにかかる。何を、する気だ。
「事前調査のとおり。潰し損ないの面皰と座り胼胝。この胼胝はしかし凄い。畳での生活も快適ばかりではありませんね」
 何を、
「吐く息がすでにこの距離でもタバコ臭いですし。肺腑の方も期待できます」
 する気だ。
「娘さんと違って貴方は丸ごとを展示品にするわけにもいきませんしね。いやはや全くもって美しくない」
 瞼(まぶた)が開いているのは、自覚している。ああ、眼が乾く。
「バラしたほうが数は稼げますし――」
 なのに視界が、暗く、昏(くら)く。
 もう、日が暮れた、のか?
 ――初ニ、チ、穴、あけ……。
 ……ああ。

 硝子の棺の前。首がない体に向かい、山高帽に黒眼鏡の紳士が佇んでいる。
「せめて貴女は綺麗な死に顔を見せたかったかもしれません。それを思うと私としても無念です。もっともこの男は顔などろくに憶えていなかったかもしれませんけどね」
 クッと笑うと、片膝を立てて腰を落とす。
 ――ガタ、コトリ。
「お早いオシマイね。えへ、へへ」
 やって来たのは、小さな影法師。
「魂のことは判りません。ですが身体同士はお約束通り添わせてあげましょう。これからお二人でずっとずっと一緒に旅をすることになるのです。私達という邪魔者も一緒ですがね」
 黒眼鏡の紳士は、切ない話です、と結ぶ。
 そして二人は、傍らの、仰向けに倒れた男に手を伸ばした。
 
  
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