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竹の子書房用:黒実 操

竹の子書房ホワイトデー企画 『月と道化師』。

 その娘は、部屋の明かりを消して、夜空を見上げるのが好きでした。
 くるくる跳ねる、嫌な天然パーマの前髪のことも、そのときだけは忘れてしまいます。
 いつもどおり、寝る前のひとときを窓辺で過ごそうと、お気に入りの椅子に腰掛けたそのとき。
 天から「吊られた男」が舞い降りて、娘の視界いっぱいに膨らみました。
 
 声を上げる間もなく、娘は逆さの男に抱きしめられ、ぐぅんと天へと昇ります。
 男は、娘を柔らかな雲の上に座らせると、ひらり、トンボを切って恭(うやうや)しく頭を下げました。
「突然のご無礼、平にお許しあれ」
 男は道化師でした。小さな身体に、くるくる巻き毛。白く塗った顔、右目を赤い星が囲み、左目の下には大きな青い涙。
 娘は、ぼぅっと見蕩(みと)れています。
「今日が限りのこの夜に、どうか暫し、私と共にあってくださいませ」
 軽やかにウィンク。右目の星が瞬くと、娘の前に、白く輝くティーカップが現れました。
「お紅茶などいかがですか?」
 道化師が指を鳴らすと、たちまちカップが満たされます。湯気と共に立ち上る芳香に、娘はうっとりと瞳を閉じました。微睡(まどろ)みの中から生まれたような、密やかな香りです。
「お砂糖は、おいくつ?」
 いつの間にか、銀のスプーンを道化師は握っておりました。それを月に向かって差し出すと、さらさらと月光がスプーンに山盛り積もります。
「足りなかったら、またお入れしましょうね」
 言葉が出ない娘の代わりに、月光の砂糖を紅茶に溶かし、道化師は再び恭しく頭を下げました。
 夢そのものの成り行きに、娘は目の縁を桜色に染めて、いただいた紅茶をひとくち飲みました。
 ――なんという美味。
 目を剥いて、道化師を見遣ります。
 だけど、言葉が出てきません。
 娘は、お礼を言うことが出来ない無礼を、恥ずかしく思いました。しかし、道化師は一向に構わない様子です。紅茶に負けない、暖かな笑みを浮かべているのです。
 そのうち娘は、その笑みにくつろぎ、微笑を返すことでお礼の気持ちを伝えようと思いつきます。
 けれども言葉と同じく、頬もこわばって上手く笑えません。鏡を見なくても判ります。どんなにヘンテコな顔をしていることでしょう。
 可哀想に。娘は泣いてしまいそうになりました。
「待って、待って。泣かないでね、優しい人よ」
 道化師が、肩膝をついて娘の前に控えます。
「優しい人よ。あなたの気持ちは判ります。だから泣かないで。今宵は、楽しい思い出だけを作ってください」
 このとき、初めて娘はこの道化師の顔を、まじまじと見つめました。はて、確かに見覚えがあるような。
「お月様の紅茶と、忠実な道化師。満天の星空。どうか、忘れないでください」
 この声も、確かに聞き覚えがあるのです。
――あなたは、だぁれ?
 娘は言葉を搾り出そうとしましたが、叶いません。
 道化師は、そんな娘を愛おしげに見つめていましたが、やがて、胸が締め付けられたかのように哀しい顔をしました。
 それも一瞬。
 思い切ったように立ち上がると、右手を振り上げ、何かをぎゅっと掴みとりました。「さぁ! そろそろ時間です。道化は闇に、乙女は光の中へと、還るときがやってまいりました」
 声高らかに、朗らかに。
 しかし、娘はその声音の裏に、悲痛な叫びを感じます。
 ――あなたは、だぁれ!
 娘の言葉は、縛られたまま。
 道化師が右手を、娘の唇に近づけます。
「天の川(ミルキーウェイ)でできた、ホワイトクッキー……なんてね」
 娘は、差し出されたそれを躊躇うことなく、口にしました。それは舌の上に乗った瞬間に、ほろほろと溶けてなくなりました。
「あのね。これからずっと未来の話だ。恋しい女の子に、クッキーをあげる習慣ができるそうだよ。いや、確かその前に、女の子が好きな男の人にチョコレートをあげる日があったのか? ややこしいね」
 娘は、この道化師の顔を、声を、懸命に記憶の中に探ります。
「未来に、同じ時代に、また君と僕が生まれるとすれば、そのときはチョコレートなりクッキーなり、贈り合えればいいな。だけど、君は今、食べてくれたし……、もう、いいか」
 そうして、娘の跳ねた前髪に、そっと控え目に指先で触れました。
「天然パーマは嫌いかい? 僕は気に入ってるんだ。お揃いだもんね」
 道化師は満足そうに頷くと、声を張り上げ、両腕を振り振り、娘に言いました。
「それでは月光のお茶会劇場は、これにて終幕。お客様に置かれましては、この夢の一夜を、どうかどうかお忘れなきよう」
 娘の記憶の鍵が、弾けます。。
 ――あなたは、
「……さよなら」
 ――お兄様!

「お兄様!」
 やっと声が。
 でも、もう遅いのです。
 娘は、たったひとり、お気に入りの椅子に腰掛けていました。
 窓から降り注ぐは、月光。

 遠くで暮らしていた、腹違いの兄が死んだという知らせが届いたのは、それから随分後のことです。娘がどんなに尋ねても、どうして兄が死んだのか、病気か事故かさえも、教えてもらえませんでした。
 此後(こののち)、娘は道化師の人形を創り続け、ついにはそれを一生の仕事とすることになるのですが、またそれは別のお話。
  
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