お話の、あるところ。

スポンサー広告

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

竹の子書房用:黒実 操

竹の子書房一周年企画 『今生の輪廻』

「喪も明けぬうちに、押し掛けてしまいまして」
 言葉と共に、その老人は頭を下げた。老体といえど背筋は正しく伸びており、その一礼する姿はハッとするほど美しい。
 その礼を受けるのは、ソファに深々と腰掛ける肉感的な中年の婦人。彼女の返礼は、尖った声だ。
「それは何ですか。喪服を着ていない、あたしへの当て付けかしら」
「いえいえ、決してそのようなことは。重ね重ねのご無礼、まことに失礼をば」
「そんなことより、あなたが夫から託された遺言って何ですの?」
 老人の滑舌の良い言葉を、女が遮った。長く伸びた爪を、苛々と弾いている。
 老人――竹野正法は、片眉ひとつ動かさずに、口元だけで微笑んだ。
「もちろんそれをお伝えするために、私はこちらへ伺ったのです。しかし、まずはお嬢さんにも同席していただかねばなりません」
 その名に相応しい、清涼とした声。立派な口髭を蓄え、その毛先をカールさせていた。冗談のような体裁であったが、あくまでも本人にとっては、長年続けてきた身嗜みの一環である。
「娘はまだ子供です。遺言なんて関係ないでしょ」
「お嬢さんも、同席でないとなりませんよ」
 女は、一瞬、鼻白んだ。しかし、気持ちを立て直す。
「呼んで参りますわ」
「初七日は明けておりますし、今日は平日ですが、学校はいかがされました。この時間にご在宅とは妙な話ですな」
「な、なにがですの!」
 怒りを滲ませた目で正法を睨むと、女は部屋を出ていった。バタバタとした足音を廊下いっぱいに響かせて、甲高い声でなにやら喚くと、再び乱暴な足音。
「呼んだわよ」
 気色ばんだ様子を隠そうともせずに、荒々しくソファに腰を落とす。
「風邪で休ませていたんです。着替えてから来るそうよ。……あの子を待つ間に、ちょっとお話をしましょうか」
 
「お電話を頂いて、初めてあなたを知りましたわ。夫の交流録には名前がなかったし、少し調べさせて頂きましたの。あなたの周りの、胡散臭い人脈も掘り当てたわ」
 女は正法を見つめたまま、挑むように腕を組む。
「ねぇ、初対面なのにその態度。随分なお方ね。娘のことで何か疑っているんでしょうけど、あれは正真正銘、私と夫の子供よ」
「だとしたら、お嬢さんの置かれている境遇はあんまりという他ないですな」
「失礼な。それより、あなたよ。調べれば調べるほど、あなたの名前は、あちこちから」
「私の話はいいでしょう」
 ぴしゃりと、正法が遮った。
 女は口を噤む。
「要件に入りましょう」
「……ええ、そうね。あなたは胡散臭い人達の、その果てにいる人だったわね」
「光栄なことですな」
 着席したまま、上半身だけで優雅に一礼する正法と、顎を上げてそれを睨む女との間に、見えない火花が確かに散った。
 そのとき、控えめなノックが響いた。
「お入り」
 怒鳴るように、女が呼ばわる。
「こんにちは……」
 消え入るような声と共に、少女がドアを開けた。長い髪で顔を隠すように、俯いている。
 少女に目を向けた正法の唇が、固く、真一文字に結ばれた。両の膝の上の手のひらが、ぎゅうと握りしめられる。
「さぁ、呼んだわよ。これで文句はないだろう」
 女は、もう地金を隠そうともせず、正法に凄んだ。
「……ご主人の書斎に案内していただけますかな」
 正法は、静かに答えた。

「夫が死んでから、何一つ動かしたものはないわ」
 書斎の、故人の机の前で仁王立ちする正法に、女は言った。少女は入口の脇で、所在無さ気に立っている。
 正法は涼しい顔で辺りを見回すと、朗々と語り始めた。
「なるほど、故人よりお預かりした数字の謎が解けましたぞ。ああ、これだこれだ。間違いない」
「はぁ? 数字? 謎?」
 頓狂な声を出す女には目もくれず、正法はすっと右腕を上げる。その指し示す先は、立派な書棚だ。そして、
「こちらを失礼しますよ」
 一冊の本を抜き出した。
「これは私の生み出した筍書房の、会心の一冊です。見てください、この書棚には箱に入った百科全集ばかりが並んでいる。いくら出来が良くても筍書房は大衆向けだ。しかも筍書房の本はこれ一冊のみ。見るからに異質だ。なるほど。『人形』と私の預かった数字の組み合わせ、ああ、なるほどなるほど。閃きましたぞ」
 言いながら、女にその本を手渡す。表紙には『人形』とあった。女は口を開こうとしたが、正法はその隙を奪い取り、再び恐ろしい勢いで喋り始めた。
「さぁ、あなたの目で確かめて下さい。私は生前の彼に、これらの数字を託されています。そう。この数字こそが遺言です。まずは百十の八の二十一。次が七十三の五の三、そして八十二の六の……」
 スラスラと語る正法に、慌てて女は故人の机でメモ帳をあさった。正法の言うままに書き付ける。
「ちょっと待ってよ。あなた、これを暗記していたっていうの。早いわ。書くのが追いつかない。待ってってば」
「口ではなく手を動かしなさい。……百二十三の八の十二。最後に六の七の十三」
 正法は一息に、数字の羅列を吐き出した。女はそれを写し終わると、ただ紙を見つめるだけで、きょとんとしている。暫く待ったが埒があかないので、正法が口火を切った。
「その本と照らし合わせて下さい。恐らくね、最初が頁、次が何行目かで、最後が何文字目かを表していますよ。そしてそれを繋ぎ合わせてみてください」
「え、そうなの? ……百十頁? えーと、八行目? で、二十一文字目、いち、に、さん……、最初は【と】なのかしら」
 ブツブツ言いながら、『人形』のページをあちこち繰り、ペンを走らせる。
「え、え、これは……!」
 紙の上に現れた数字と文字に、女があられもなく大声をあげた。
「と、とこたちぎんこう、ここのえしてん。一九六七〇八〇五! これ通帳の番号? え、違う。数字が多い。ちょっとあんた、これって」
「さあ。私に知らされていたのはこの数字だけです。しかし、この桁数だったら、貸し金庫の番号だと予想がつきますな」
「……!」
 女は血走った目を彼に向けると二、三度大きく震え、脱兎のごとくの勢いで部屋から出ていった。娘のことなど、一瞥もしなかった。
 残された正法と少女の間に、気まずい空気が漂う。
 先に、少女が口を開いた。
「あの、私……」
「君、顔を見せなさい」
 正法が、とても老体とは思えない張りのある声を響かせる。
 少女に歩み寄ると、その顔を覆っていた髪をかき上げる。右目の下が、赤黒く変色していた。
「ぶたれたね」
「いえ、転んだんです」
 正法の問いから逃げるように、少女は踵を返す。
「待ちなさい」
 気圧されて、少女の足が止まった。
「君の身の上は知っているよ。お母さんに酷い目に遭わされているのだね」
 正法は少女の肩を掴むと、自分の方へと振り向かせる。彼女は歯を食いしばり、固く目を閉じていた。
 正法は、その真っ直ぐな背を屈める。
「私は、君を助けに来たのだよ」
「…………」
「君のお父さんから頼まれていてね。死期を悟っていたお父さんは、君を救って欲しいと。もちろん私に否はない。喜んで君をお母さんから助け出すよ」
 少女は、小刻みに頭を振る。 
「君のお父さんとは……、私は深い縁があるのだよ。はは。あの人は、男を見る目は確かだったが、女を見る目は、いやはや」
 正法は目を細め、どうとも形容しがたい表情を浮かべた。そして、ふっと自嘲的な笑みを浮かべ、真顔に戻った。
「これを読むといい。お父さんから預かっていた、君への遺言書だ」
 正法は、背広の内ポケットから白い封筒を取り出すと、少女に差し出した。
 少女がそれを読む間、正法は彼女の父親と語らったことを思い出していた。

 正法と少女の父親には、人知れず交流があった。それはまだ二人が若者だった時分より始まり、ひっそりと紡がれてきた縁(えにし)であった。
 生前より、少女の父は娘の行く末を案じていた。彼は人生の終盤に近付いて、初めて結婚をし子供をもうけた。娘が成人するまで、きっと自分は生きられないというのが口癖だった。
 もうひとつ。案じていたのは母親のことだ。彼女は確かに実母ではあるのだが、娘が成長するに連れ辛く当たるようになっていた。
 少女の父親は二人きりの酒の席で、
「馬鹿みたいな話だけど、女房は、娘が自分よりも、器量良しに育ってきたのが気に入らないようなんだ。そうはいっても、俺にそっくりなんだけどね」
 笑い話に仕立てて呟いたことがある。
 そのときは、正法も「なんだい。童話じゃあるまいし」と茶化したものだった。
 
 父の遺言状――事実上、父親からの愛情のこもった最後の手紙だったのだが――を読み終えた少女は、少なからずショックを受けたようだった。正法は、その内容は知らなかったが察することはできた。
「……母さんは、きっと判ってくれます。私が、もっと母さんの役に立てれば」
「君は悪くないのだよ。お父さんも、そう言っていただろう」
「でも、でも私が母さんを傷つけてしまっているんです」
 仕方のないことだが、繰り言になる。このままでは埒があかないと判断した正法は、
「さっきの暗号ね、あれは嘘だ。とっさのでっちあげなのだよ」
 と、少女にウインクをしてみせた。
「……え」
 少女が、ギョッと面(おもて)を上げる。狙い通り、彼女の思考がずれた。正法は、悪びれもせずに続ける。
「とっさに思いついたことを言ったまでさ。君のお母さんを外に出して、今すぐに君を連れ出そうと決めたのでね」
 少女の顔を見た――確かめた刹那、正法はその場で決意したのだ。今日、この家を訪問したのも、少女の顔と、その気質を確かめるためだったのだ。預かった手紙を渡すことは、正直なところ二の次だった。
 正法は、己の社の出版物の全てを諳(そら)んじている。愛ゆえにだ。そして、もうひとつ。口に出すことは永劫ないが、心密かに愛していた――いや、愛するものがいる。
「私はね、全身全霊で筍書房のことを愛してるのだ。もちろんその出版物も、全てを愛し尽くしている。だから、どの頁の何処にどの文字が書いてあるとか、全部把握しているのだよ」
 全ては――茶番。
 実直に生きてきた故人に、隠し財産など、あるわけがなかった。
「あんな暗号など、即興で十分だ。……どうかな、私のところに来ないか?」
 唐突な正法の言葉に、少女は、これ以上丸くならないというところまで、瞳を見開いた。
「君のことは、私が責任をもつ。君のお父さんに誓うよ。只で面倒をみられるのが嫌なら、筍書房で働くといい。社員は、皆、気のいいやつばかりだ。きっと楽しいよ。お母さんには、私から話をつけよう」
「でも、でも、やっぱりお母さんが」
「お母さんとは、少し離れてみて、お互いの存在を見つめ直すといいと思うのだがね。もしかしたら、これをきっかけにお母さんは、君のことを想い直すかもしれないよ」
「お母さんが、私のことを」
「そうだ。大事なものは失くしてから初めて、その価値に気付くものなのだ。なに、帰ろうと思えばいつでも帰れるのだよ。ひょっとしたら、君が恋しくなったお母さんが、迎えに来るかもしれない」
 ――全ては、茶番なのだ。
 熱っぽく語る正法のこの言葉の羅列も、暗号も、全て。
 ――しかし。
 少女の、まん丸い瞳から、ぽろりと涙が零れ落ちた。長い髪が乱れるのも構わず、何度も、何度も頷いた。
 正法は、少女の痩せた手を取る。
「まずは何か美味しい物を食べに行こう。女の子は少しくらい、ふっくらとしてないといけないよ」
「……はい」
 手を取られ、少しはにかんで、少女は頷いた。
「名前は、凛子ちゃん、だったね」
「はい」
「君は本当に、お父さんの若い頃にそっくりだ」
 正法は、虚空に向けて微笑んだ。


 
Comment

No title

何ということでしょう!
読み始めから読み終わるまで、何が起こるのか全く予測できなかった!
予測できない上に少しずつ提示される情報に、焦れて焦れて、あっという間に読み終えてしまいました。
その場の情景や登場人物の感情がいとも簡単に頭に刻まれ引き込まれ、すぐに感情移入してしまいました。
読み終えた後は、「なんて美しい話なのだろう」とため息が出てしまいました。
もっと読みたい、でもここで終わるから美しい、絶妙なタイミングでのラストにも感動しました。

……焦らしは狙いなんでしょう?
クロミミ嬢がニヤリとしている様が目に浮かびます。

まどりんさん江。

ありがとうございます! そうですw 狙いです!w
不発だったらどうしようと、実際青くなっているところですので
心強いコメントを頂き、嬉しくてたまりません。

実はね、もともとは暗号をちゃんと書いてて謎解きメインの
話だったんだけど、枚数がwww 枚数がとんでもないことに
なったので、急遽母娘モノ部分をセンターに直して書き換えました。

ネタバレになるのですが、ここでこっそり。
タイトルの『今生の輪廻』は『根性の凛子』とかけております。
これこそTHE☆自己満足(てへぺろ
Trackback
Trackback URL
Comment form













管理者にだけ表示を許可する

プロフィール

黒実 操

Author:黒実 操
「竹の子書房」に参加中。
www.takenokoshobo.com/index.php
無償版電子書籍がたくさん!

管理人ツイッター
http://twitter.com/kuromimigen

最新トラックバック
検索フォーム
ブロとも申請フォーム
QRコード
QRコード

Page Top
Powered by FC2 Blog | | Template Design by スタンダード・デザインラボ
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。