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『夢見る病気』豊原ね子

投稿作品 『夢見る病気』 〈3〉 著者:豊原ね子

間章・エヴェレット船団

検証














意識を持つ人間の作為が並行世界を生み出すならば
それにより発生した世界の人間は母体世界の人間と等しい権利と尊厳をもつものと
認めるべきか。





通常、総ての並行世界は
発生に至る事象まで、ある持続的なパターンを所持するものとして観測される。
このパターンを〈一貫した歴史〉と呼称する。













同一の母体世界からそれぞれ〈一貫した歴史〉を持つ二つの人物を発生させ、
一方を母体世界と強く絡み合った状態、
一方を全く干渉性を喪失した状態のもとに置く。





これら実験体の並行世界における振る舞いが母体世界に及ぼす影響を観測し、
その結果母体世界を含む総ての並行世界群に優劣・順列が発生するかを試験する。











 がらくた音がすごい。
 べつにこの世の中に『がらくた音』なる分類があるわけでもなく、またがらくたの山が鳴っているわけでもない。重要な機関の動作音だろう。それにしてもひどい部屋だ。部屋ではなく廊下かもしれない。とにかく一本道だ。
 蘇比が通る道幅を残し、両側は天井まで様々な物が積み上げられている。机、布団、戸棚、家電、水槽、人形、紙の本。
「ここはどこだ?」
『わかりません』
 ミヨミがモバイルモニタ上に言葉を浮かばせた。
「わからないだと、役立たずめ」
『わからないのです。ここは衛星群のどこでもありません』
「ならばどこかの星が持つ船だろう」
『いいえ、そうしたデータは読み取れません。ここはありえない場所です。観光船のようですが……』
「馬鹿か、お前は」
 蘇比は不機嫌にミヨミを嘲った。
「データがないなら海賊船だ。……しかし何故俺はここに?」
 せっかくハイダのPCからミヨミを抜き取ったというのに、今のところ全く役に立ちそうにない。今頃、車内で強引に取り上げたPCを回収して怒り狂っているはずだ。肝心のミヨミが抜き取られているのだから。
 モニタから顔を上げると、真っ暗な窓が見えた。道の先が開けている。
 窓の向こうに衛星群が見えた。
 そこだけ物が置かれていない。天井までの高さは十メートルほどある。横幅はそれより更に広い。なにせ壁の二面がまるごと窓だ。
 遠くに見える衛星群は、寂しいジャングルジムのようだ。大小二十の衛星を、五十基余りのエスカレーターが結んでいる。
 そして、青い星が見えた。
 海王星でも冥王星でもない。雲の白さに取り巻かれた、もっと濃くまだらな青。
 背中に妙な気配が集まるのを感じ、振り返った。
 背後のがらくたの合間から、猫が次々と顔を出して、蘇比を窺っている。ガラも大きさも様々で、しかも、どれも服を着ていた。
 靴底を大きく鳴らすと、みな一斉に尻尾を太くして四つあしで逃げていった。
 ごく間近で、何かの機械の起動音が聞こえた。ホロニウム光が顔に当たる。
 天井にスライドが仕組んであるらしい。暗黒の宇宙を背景に、蘇比を斜めに見下ろす形でディスプレイが現れた。緑の光に縁取られたそれには、猫が映し出されていた。
 白黒の大猫だ。――そいつは、少年向けアニメーションの海賊船の船長の衣装を忠実に再現していた。まず咥えタバコ。片目を塞ぐ眼帯。鋲や鎖で飾られた、青いつば広の帽子。猫の姿とその衣装で何を演出しようとしているのか、意図を量りかねた。
「ようこそ、我らが船団へ。二つの故郷を俯瞰する感慨はいかがなものかね?」
 タバコを指の間に挟み、猫がニヤリと笑った。緑色の目が吊りあがり、鬚が全部前を向いた。声は人間の男の声だった。
「この船はどこの衛星に属している?」
「他に訊くことがあるだろうが。何故猫なんだとか――」
 蘇比は無視した。
「――まぁ良い。して客人、いかにして船に乗りこんだものか」
「それは俺が聞きたい。俺は十一衛星から人を追ってきた。窃盗犯だ。協力を願う」
「ほぅ、さてはあの子の転送に巻きこまれてきたのだな?」
「知っているのか」
 船長らしき猫が顎をしゃくった。その先にさきほどの青い星、地球があった。
「お探し物はあそこだ」
「地球は燃え尽きてなくなった。ふざけてもらっては困る」
「いいや。地球は人間が暮らす星だ。ならば地球から逃げ出した君たちの衛星群は存在しないことになる。逃げる必要がなくなるからな。だがしかし――あれを見ろ、君の属する衛星群だ。地球があれば衛星群が、衛星群があれば地球が存在しない、しかし我が船からはそのいずれをも見ることができる。素晴らしいだろう!」
「もう一度訊く、この船は何だ?」
 猫船長は鼻白み、タバコを咥え直した。
「……さる高名な地球の研究者の名を冠した船だ。君もきっと知っているだろう」
「まだ地球の話をする気か」
「必要だからな。四季くんを追いたいのだろう?」
 黙って睨みつける。船長は満足してタバコを消した。
「協力はせんが邪魔立てもすまい。地球は生きている。まずこの前提をのんでもらおう。神霊の力を借りて人間は地球上で戦い続けている」
「神霊だと?」
「馬鹿にするもんじゃないぞ。これが今の地球を支配する論理だ。君たち衛星群の人間が扮書になることと同じだ。人が死んだら本になるなどと地球で発言しても誰も信じはしないだろう。それと同じことだ」
「いいや、人間は本になる! だからこそ俺のような研究家がいるのだ!」
「地球にいる四季がそれを既に信じていないとしたら?」
「あり得ん。奴は扮書を持ったまま消えたんだぞ」
 鬚を震わせ、牙を見せて船長が笑う。
「四季はすでに別世界で、別人としての一貫した歴史を生きている。客人、もしそなたの研究家としてのアイデンティティが崩れぬ限り、そなたが地球で死ぬことはあるまい……。しかし地球における四季の、地球の論理を信じる心がそれを上回れば、四季はそなたを殺すだろう」
「つまり、生命をやり取りするほどの強い影響を地球の人間に与えることが出来れば、俺が――ひいては『人が扮書になる』世界のほうが強いわけだな」
「そうだ。逆も然り」
「俺はお前の話を信じてはいないぞ。あくまで理屈の話だ」
「地球を見るまでは信じまいか。よかろう。そなたなら人間を作り変えずとも、地球の論理をすぐに理解応用できるだろう」
「正しいのは俺だ」
 蘇比の頭には、かつての師の言説が渦巻いていた。
 人が本になるなど有りえない。ありえない事象が起きるのならば、それはバグの世界だ。価値のない世界だ。
「価値があるのは衛星世界、人が扮書になる世界だ。神だの霊だのがいる世界じゃない。俺が証明してきてやる」
 肘掛けにもたせ掛けていたステッキを、船長が、握り、床を突いた。
 窓の中央が円形に歪み、地球へ続く暗黒の道程が示された。そこに吸いこまれた。幻の光が飛びかう中を、蘇比とミヨミはどこまでも、どこまでも落ちていった。

 地球に向かっているのだろうが、それがどういう仕組みで為されているのか理解できなかった。やがて赤と黒の色彩が眼下に見え、蘇比は、空中で何か見えない力に支えられた。もう一人一緒に落ちている人間があった。空中でその腕を引き寄せた蘇比は、目を丸く見開いた。
 異様な風貌の少女だった。焼けたように縮れて短い髪。右目が右下を、左目が左上を見ている目。大きく開けたままの口の中で、ナメクジのような舌が蠢いている。
「くひが」
 醜い少女が言った。
「くひがひまいまひぇん」
 口が閉まりません……。
 少しずつ落下速度が落ちるのを感じながら、蘇比はミヨミに冷たく笑った。ここが地球なら、ミヨミは相応しい姿に変えられたということだろう。この程度……アンドロイド頭脳『ミヨミ』は人間の姿に置き換えたら、この程度人間らしかったわけだ。
 夜のどの時間帯かわからぬが、夜空が広がっている。ビルの屋上に着地した。熱風が下から吹き上げて、上空を渦巻いていた。高いビルだが柵はなかった。へりに立ち、遠くを見渡した。
 眼下はどこも炎が広がっていた。ここと同じぐらいの高さのビルが林立するが、どれもが炎を吹き上げて、その身を赤く変じていた。
 ああ、炎とは、なんと壮大なものだろう!
 蘇比はすっかり嬉しくなった。当面、退屈する心配はなさそうだった。
「ミヨミ、扮書はここにあるか!」
 振り返ると、少女の姿のミヨミが蹲って泣いていた。歩み寄り、肩を蹴って倒した。
「女になりたかったのだろう。何を泣くことがある。おい。扮書を探せ」
「遠くに」
 すすり泣きながら、やや慣れた発声でミヨミが応じた。
「遠くに光るものがあります」
「よし。そこに連れて行け。出来ぬとは言わんな」
「はい」
 ミヨミは恐れ震え、応じた。
 蘇比はビルの屋上から、生まれて初めてみる大きな炎を飽きるまで見詰めていた。
 離れた場所で、炎のビルが、轟音を上げて折れるところだった。

















相対と観測によってあらゆる価値が定まるものならば、

世界に安息はない。



















――絶望と無意味の旅を……。
Comment

感想。

まず「蘇比、お前は俺を怒らせた」。これ。
ミヨミたんは醜くないお>< どんな姿でも可愛いお><


冒頭の実験体云々、やられる方はたまったもんじゃないが、
正直やる方にはすごく興味が湧く。

「紙の本」という表記に、改めて「この世界は人が死んだら本になる」という
設定を思い返す。こういう仕込みは好き。

猫登場には、脊髄反射で萌えた。やはりここでも蘇比に怒りが。
なんで「なぜ猫なんだ」と聞いてくれない! まずそこでしょう!





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