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竹の子書房用:黒実 操

ハロウィン企画参加『悪い子、誰だ』黒実操著

 七度目の隠れ鬼は長引いた。最後に雅代が見つかったときには、すでに夕暮れ時だった。
「帰ろ帰ろ」
「母ちゃんに怒られる」
「また明日」
 神社の境内で遊んでいた子供達は、口々にサヨナラを交わす。
 鳥居を出ようとしたところで、雅代は、ハッと足を止め、
「神様、ありがとう」
 と、可愛らしく頭を下げた。
「何してんだよ」
「先行くぞ」
 昭一と義男が、振り返る。
 雅代は、口を尖らせた。
「神社で遊んだら神様に挨拶しなさいって、お母さんが言ってたもん」
「あー? へー、かみさまー、またなー!」
「かみさまー、ばあいばあーい」
 ジャンプして大きく手を振り、その勢いで狛犬を一撫で。昭一は阿形を、義男は吽形を。そして二人の男子は駆け出した。慌てて、もう一回お辞儀をすると、雅代も続く。
 夕日に照らされる子供達の影が、濃く長くアスファルトに伸びる。三人の足音と、ランドセルのカタカタいう音、それだけが、いやに響く。世界中にこの三人きりのような、奇妙な気持ちを味わいながら雅代は走る。
「あっ」
 昭一が、いきなり立ち止まった。
「ひゃっ」
 雅代は、昭一のランドセルにぶつかりそうになって止まる。
「なんだよ」
 義男が少し先で止まり、振り返る。
「これ……」
 昭一は、しゃがみ、何かを拾った。
「お菓子だ!」
 その指に摘まれていたものは、真っ赤な弓なりの――、
「ジェリービーンズ!」
 雅代が歓声を上げた。
 テレビでしか見たことがない、外国のお菓子だ!
 いつの間にか三人の足元に、ゼリービーンズがたくさんたくさん落ちていた。赤、緑、黄。くっきりとした三色。
 ばらばらに落ちているのではない。行く手を見れば、三叉路。その三叉路で綺麗に色が分かれている。左に赤。真ん中に緑。右に黄色。
「わー、オレ、赤」
 アカレンジャーが好きな昭一が、一声叫ぶと左の道へと走り去った。
「ぼく、ぼくは緑」
 ガチャピンが好きな義男は、真ん中の道へとスキップする。
「わたしは……、黄色」
 オズの魔法使いが好きな雅代は、うっとりと右の道へと歩き出す。金髪で水色のワンピースを着た少女が、黄色いレンガを辿って旅する挿絵と、今の自分を重ねて悦に入った。
 進むに連れ、いよいよ黄色いゼリービーンズが敷き詰められ、アスファルトがすっかり覆い隠されてくる。
「黄色いレンガだよ。黄色いレンガだよ」
 本にあった文句を、歌うように呟きながら雅代は進む。
 ――だから、自分の声に集中していて、それに気付くのが遅くなった。
 真っ直ぐ伸びる道の先から、聞こえるそれ。
 ちんちどんどん。ちんどんどん。
 初めは、微かな音だった。
 ぷー。ぱぱぱらぱららら、ちんどんどん。
 徐々に高らかに鐘、太鼓、ラッパの音(ね)。正面に、いつからか何者かの影。
 ぱー。ぱぱらぱぱぱぱ、ちんちどんぱぱ。
 赤い夕陽に照らされている、後ろ姿。チンドン屋さんだ! 雅代は、ぱぁっと笑った。そして駆け寄る。ゼリービーンズを踏み締めて。
 ちんちどんどん。――どん。
 お囃子(はやし)が止んだ。
 雅代は、ふと、立ち止まる。
 無音。
 両側はブロック塀。道は、真っ直ぐに伸びている。ここはどこ? 帰り道に、こんなところあったっけ? 空は真っ赤。道は黄色。雅代に向かって、影。黒い黒い、影。
 前方に立つそいつは、目鼻がない、デコボコした質感の頭部。丸刈りなのか、夕日に照らされて橙色に輝いている。雅代が、あれは後ろ姿だと把握したそのとき、くるぅりと、そいつが反転した。こちらを、雅代の方を向いたのだ。
 グラグラと揺れる、異様に大きな頭。影と同じ色の、空虚な、黒い大きな目と目と口。あれは、お面なのね。何のお面なのかな。まだまだ楽しい気分でいっぱいだった雅代は、手を振って呼びかけた。
「チンドン屋さ……、あっ」
 途端、間違いに気付いた。
 お囃子のせいで、そいつが手に持つのはラッパと鐘だと思い込んでいた。
 ラッパだと思っていたそれは、三日月の形に尖っていた。鐘だと思った固まりは、なにやらずっしりと重そうだ。
 ラッパも鐘も太鼓も何一つ、そいつは持っていなかった。
 雅代は息を飲む。たった一人のチンドン屋なんてあるものか。思わず引いた足元で、ゼリービーンズが潰れる。ぐしゃっとした感触。
「……お菓子を踏んだな」
 影と同じ、黒い黒い声。風穴が吠えるような、黒い声。大きな頭が、ぐらぁりと揺れる。
「お菓子を、お前は、踏んだな」
 その言葉! ショックで、雅代は口元を覆う。
 ――わたし、食べ物を踏んでいた!
 自分が、お菓子を踏みつけて歩いていたという事実。思わず、片足を浮かせる。が、もう遅い。たくさんのゼリービーンズを踏んでしまったのだ。
 チンドン屋だと思っていたそいつが、巨頭を揺らし、じわじわと近づいてくる。
 右足で一歩、ちん。
 左足で一歩、どん。
 頭が右へぐらり、ちん。
 頭が左へぐらり、どん。
 雅代は動けない。
 前から来る異形の頭は、橙色の丸坊主。ぶわっと、その空虚な目と目と口から闇を吐き出した。背景が黒く塗られた。異形と雅代と、地面一面の黄色いゼリービーンズだけが、鮮やかな色を許された世界。
 異形は、雅代がラッパだと思っていた尖ったものと、鐘だと思っていた固まりを振り上げた。そして空洞の瞳、その奥の奥から雅代を見据えた。
「お菓子を踏んだ悪い子め」
 そのまま、雅代に向かって突進してくる。早い!
 逃げなきゃ。でも、またお菓子を踏んじゃう。雅代は、うっかり躊躇った。足が動かない。デコボコの橙頭が、もう、すぐそこに。
「ひゃああああ」
 雅代は絶叫し、目を閉じた。
 ――ピシッ。  
 硬いものにヒビが入ったような音。ぐぅという、くぐもった声。そして、唐突に現れた暖かな気配。
 雅代は、ゆっくりと目を開ける。
 白一色。世界は黒かったはずなのに、一面に広がる純白。
「子供を騙すとは、許せんな」
 女の人の、声?
「そもそも勝手に縄張りに入ってくるとは、非礼極まりない」
 でも男の人みたいに喋ってる……、雅代は顔を上げた。誰かが、雅代の真ん前に立ちはだかっていた。少し下がって、その姿を見遣る。白い着物。黒髪を両耳のところで、二つの握り拳を縦に並べたような形に結っている。変わっているが、どこかで見たことがある髪型だった。
 雅代は視線を下に向けた。着物の裾から素足が覗いている。踏み締めているはずのゼリービーンズは崩れていない。
 視界の白は、雅代をかばっている背中だったのだ。相変わらず、背景の世界は黒いまま。
「これが異国のモノの礼儀というかッ」
 一喝。空気が振動する。雅代の虫歯が疼いた。
 と、足元から一斉に黄色いゼリービーンズが舞い上がる。ふわりと白い着物の袂が翻り、悲鳴を上げる雅代を覆った。
 ゼリービーンズは飛び立ちながら、その姿を黄色いコウモリへと変化させる。
 お菓子じゃなかった!
 雅代は、柔らかな袂に顔を埋めつつ、安堵した。
 地面から火花のように空へと放たれる、無数の黄色いコウモリ。そのただ中に、あの異形がいた。相変わらず、橙色の大頭をぐらぐらさせている。その中央には、深い亀裂。今にも目と目と口とが、離れ離れになりそうだ。
 だらりと下げた両腕に握ったままの、尖っていた三日月は欠け、重そうな塊は細い柄だけになっていた。
「去(い)ねッ」
 もう一喝。今度は空気だけでなく、地面も振動する。また雅代の虫歯が疼いた。さっきよりも激しい。
 赤いギザギザが、黒い背景に走る。あっという間に視界いっぱいに広がると、ガラスが割れるように弾け飛び――。
 ――雅代は、夕焼けの光に包まれていた。ブロック塀に囲まれた家々、でこぼこしたアスファルト、三叉路に据え付けられたカーブミラー。いつもの帰り道。
 左右のカーブミラーに写る、それぞれこちらへと近づいてくる人影。昭一と義男だった。まだ夢見心地な雅代と鉢合わせる。二人の男子も、ふわふわした表情だ。
「なんだかよく覚えてないけど」
 昭一が、泣きそうな顔で言う。
「犬が、助けてくれたんだ……っけ。 あれ、助けてくれたって、何だ?」
 義男は腕組みをして、
「犬で思い出したけど、白くて大きな犬が、ぼくを乗っけて助けてくれた……って、あれ?」
 三人ともお互いを見廻す。
 雅代は思い出していた。あの白い着物の――、耳のところで握り拳を縦に二つ並べたような髪型――、絵本で見た。絵本の題名は――。
「……あれ? でも、女の人だったよ?」
 雅代は思わず声に出して、首を傾げる。
 そのとき、さっきまで皆が隠れ鬼をして遊んでいた、神社の鳥居から一陣の風。三人を撫でるように吹き抜けた。その風が過ぎると同時に、三人の胸から不思議な記憶が拭(ぬぐ)われる。
 ぽかんと顔を見合わせて、子供達は飛び上がった。
「今、何時だよ」
「母ちゃんに怒られる」
「帰らなきゃ」
 昭一も義男も雅代も、おうちのことで頭をいっぱいにして、元気よく走り出した。  


   
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