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読みきり作品 吉野慧

投稿作品『一家心中』 著者:吉野慧

 金もないのに、子供をつくってしまった。悪いことをした。
「もっと美味しいものを食べさせてやりたかったですね」妻がそうつぶやいたようだった。もしかしたら、風が空を切る音がそう聞こえたのかもしれない。
 めまぐるしく過ぎる四季折々の中で、愛する人を持つ喜びを知って欲しいと思った。人生の美しさを、娘に与えてやりたかった。果たして、彼女たちに私は何をしてやれたのだろう。外では時折、強い夜風が窓に吹き付けている。古新聞が飛んで貼り付いて来たが、もはや取る気力もない。
 家に残る、粗末な食材で最後の飯を食う。皆、静かに席に着く。いつ出してきたのか、娘は昔買い与えた旧い人形を抱えていた。米にはかなりの雑穀が混じっている。おひたしもそこらで摘んだ、堅い雑草である。あとは何があったか覚えていない。
誰もしゃべらなかった。箸がかちかちと鳴っている。味もはっきりしない。一体自分が何を食っているのか殆ど分からなかった。
照らす明かりが妙にいやらしくて、部屋の隅にたまる塵まではっきりと見えた。どうも腹立たしかった。妻に「電気を消してロウソクにしろ」と言ったが、妻は「嫌だ」と言った。涙を啜りながら「子供の顔をちゃんと見たいので」と言うので、私はそれ以上何も言えなかった。
死んだら私たち一家はどうなるだろうか。そう、早く見つかるとも思えない。辺りに近しい人間なぞいなるはずもない。一家は世間から忘れられていて、居ながらにして居ないようなものだった。
腐って見つかるに違いなかった。それならば、今食っている飯は無意味などころか一家の腐敗を促し、腐臭を起こすだけだ。もう食う気はしなかった。死ねばそれで終わりなのに、死後の現世に気をやるのは、どうも愚かしい気がした。家には多少の米も残っているから、時間が経てば虫が湧くかもしれない。その虫が私達の腐った肉体を食いつくしてくれたら、どんなによいだろう。やはり人様に見られたくはない。人様も見たくないだろう。米も家も、妻も娘も、すべて虫に食われてしまえばよかった。誰にも知られることなく、この世界から消えてなくなりたかった。
 互いの両親に、手紙を書いた。人生で、最悪の手紙だった。どうしてこんなことをしなければいけないのか、意味が分からなかった。しかし、妻がどうしても書けという。筆が震えてまともな字にならない。文章も意味をなしていなかった。それでもどうにか仕上げて、紙魚の付いた封筒にしまう。
 遂に薬を飲む。身銭をはたいて、どうにか手に入れた親子三人分の薬だった。何枚も着物を売り、店を回ってようやく手に入れた貴重なものだ。探すのに大変な苦労をかけた。家へと戻る途中、人と人が交わる市場で、胸が締め付けられる思いがした。
妻は娘に薬を飲ませ、寝かしつける。妻の背中は丸まって、普段より小さく見える。急に風は収まってきて、夜が穏やかになった。窓から月光が差し込み、家の中に影とそうでない部分を作ったけれど、影が妙に多い気もした。
黒い影がまた増えた。それは百舌鳥であった。百舌鳥が鳴いている。低く震える、ちりちりとした声は、人を迷わせる孤独な夜山を歩いているようだった。しばらく黴臭い布団の中で私は泣いていたのだが、それもやがて止まってしまった。
Comment

リアルさについて。

このお作品に流れるどうしようもないリアルさに、胃と食道がギュって絞めつけられています。吉野さんの文章はとても美しい。ともすれば、この世界に憧れを感じてしまう程に、美しいです。しかし、強烈なリアルさも同時に存在する……酩酊感すら覚えます。

感想を文字に起こすのに、今回もとても迷いました。
どの言葉も単語も、こうして打った途端に浅はかなものになってしまうようで、とても怖かったです。素晴らしいお話を読ませていただき、ありがとうございます。

No title

クロミミさん、掲載していただいてありがとうございます。
私も今回これを書いていて、リアルさについて深く考えさせられました。
ただリアルな貧乏くささを書けば言い訳ではないけれど、観念的過ぎてもいけない。
今回の経験をふまえて、また何か書きますね!
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