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竹の子書房用 とよね

竹の子書房クリスマス企画『O Tannenbaum』 とよね著


 ナカヨシは自分の妻が馬鹿であるとは信じたくなかったので、意味が分からない振りをして聞き返した。
「アサリを殺したくないの」
 いや、意味は分かる。
 少なくとも文章にはなっている。
 ナカヨシは妻を殴ろうかと思ったが、やめた。
 そんなことをしてヒステリーを起こされては堪らない。
 こいつはどうも、近頃それを狙っている節があるからな――俺が恥を掻くことを。
 そう考え、妻の青い顔を凝視した。
「何だと?」
 妻は目を背けた。
「もう一回言ってみろ」
 その態度に卑屈さを感じれば、怒りは更に燃え上がる。
 誰に養ってもらっていると思ってるんだ、この馬鹿は。
「もう一回言ってみろ!」
 そのとき、居間の方からどっと笑いが起きた。
 誰かがジョークを言ったのだろう。田中かな。あいつはいい部下だ。
 そしてナカヨシは、自分の声が大きかったことと、居間に聞こえたかもしれない可能性に気付き、恐れて口を閉ざした。
 そして、それを悟られないように妻を睨み付ける。
「客のもてなしもできないような女とは、離婚するしかないな」
「……」
「早くしろ」
「……はい」
 ナカヨシは、爪先で妻の踝を蹴って居間に戻っていった。
 キッチンに残された妻は、何を考えるでも思うでもなくぼんやりと床に目を落としていたが、そのうち、調理台のアサリらと向き合った。
 金網付きのバットの中で、少し温めの塩水に浸ったアサリらが、思い思いに水を吹いたり体を伸ばして寛いでいる。
 沢山のアサリら。
 もうすぐ殺される。
 穏やかに微睡むアサリらは、永劫に分かるべくもない力の奔流によってバターとワインの灼熱地獄に放り込まれて死ぬのだ、間もなく。
 食べられる為にじゃない。あの男の見栄の為にだ。
 アサリらの中の一匹が、思い切り水を飛ばした。
 水を吹き飛ばしたアサリは両目――本当は入水管と出水管というらしい――をしなしなと萎れさせ、その両目を隣のアサリの殻に預けた。
 隣のアサリも、そのまた隣のアサリの殻に脱力した両目を預けている。温かな毛布の中で安堵の吐息を洩らし、眠りに落ちる、そんな様子を連想させた。
 微睡みの中で、春の浜辺の夢を見ているのか。
 本来いるべき場所の夢を。
 妻は目許を拭い、アサリを摘んでキッチンの床に置く。
 ナカヨシは居間に戻っていた。
「いやぁ、すみませんねぇ。ちょっとガス台の調子が悪くて。へへへ」
「あら、大丈夫なの?」
 返事をしたのは上司の大川の奥方。でっぷり太って化粧品臭い。
「奥さま、お台所大変じゃないですかぁ~? お手伝いしたいですぅ~」
 新入社員の宮田。顔とファッションセンスはそこそこだが、生乾きの洗濯物の臭いがする。
「いや。もう大丈夫だよ、問題ない。直に出来上がるよ」
「うわぁ、楽しみだなぁ。中吉(なかよし)の奥さんって本当に料理がお上手だもんなぁ」
 同期の倉知。クリアファイルの臭いがする。
 集まった面々は、コの字に置かれたソファに寛いでいた。
 真ん中の広いローテーブルには、何度も食事が出されては下げられている。
 チキンとサラダの皿が出たままだ。
 この後はアサリの酒蒸し。そしてケーキ。
 この皿もさっさと下げに来るよう言うべきだった。ナカヨシは尚更苛立った。
 気の利かない女め。今すぐ怒鳴り付けてやりたい。
「ははは、倉知ぃ、来年は奥さんも連れてこいよ」
「やめろって、一年で結婚なんてできっこないよ……ええと何の話だっけ?」
「クリスマスツリーの話ですぅ~」
「そうだ。あのツリーがあんまり立派だったからな」
 倉知が、居間に入ってすぐの所にある、大きなクリスマスツリーに顔を向けた。大人の背丈より高く、天辺に星が光っている。
「ああ――妻と二人で飾り付けたんだ。妻がああいうのが好きでな」
「中吉さんって愛妻家なんですね~。奥さまが羨ましいですぅ~」
「いやあ、尻に敷かれて困ってるよ」
「またまたぁ~」
「何故モミの木に飾り付けをするのか御存知?」
 大川の妻が訊いた。
「いえ、それはちょっと……不勉強でお恥ずかしいです」
「あら、御存知ないのね。モミの木は常緑樹で、冬でも緑の葉を茂らせているでしょう? だから昔のヨーロッパの人は、モミの木を神秘的な木だと考えていたのよ」
「あ、それ知ってますぅ~」
 と宮田。
「クリスマスツリーってお人形とか色々飾るじゃないですかぁ~。それって昔は本物の人間をぶら下げてたそうですよぉ~」
 一瞬、全員の顔が強張った。
「ははは、またまたぁ」
「ホントですってぇ~。あたしのカレシが言ってたんですよぉ~」
「いやでもまさかそんな、ねぇ。本物の人間をだなんて」
「ホントなんですってばぁ!」
 大川の妻を遮るように、宮田が声を大きくした。
「ほらぁ、冬になると日が短くなるじゃないですかぁ~。それで昔の人は、太陽にもっと空にいてくださいってお願いする為に、人間を捧げたんですってぇ」
「僕が知ってる伝承と違うなぁ」
 辛うじて田中が口を挟む。
「僕が知ってるのは――」
「本当ですって! 本当ですって! あたしのカレシは頭がいいんですよぉ!」
 宮田がムキになった。
「僕が知ってるのはですねぇ!」
 田中が負けずに声を張った。
「いつも緑の葉を茂らせている常緑樹のモミの木は神秘と生命の象徴なのよ!」
 大川の妻が言い張った。
「黙れ馬鹿女がっ!」
 クリスマスツリーの人形が震えた。
「そんな言い方ないじゃないですか!」
 倉知がカッとして立ち上がった。
「アサリはまだか!」
 ナカヨシが怒鳴る。
「トゲトゲしい!」
 大川部長がクリスマスツリーのトップスターを指して怒った。
「私達みたいに丸くなればいいのよ」
 丸いオーナメントが当然とばかりに胸を張った。
「そうじゃ、お前達! 聖なる夜にわざわざ喧嘩などするもんじゃない!」
 ドアに掛かったリースのサンタクロースが揺れた。
「丸くなりましょう!」
 天使が呼び掛けた。
「ナカヨクしよう!」
 ナカヨシたちはクリスマスツリーを部屋の真ん中に持ってきて、それを取り囲んで円形に立つと、それぞれ両手を繋いだ。
「いつも緑の葉を茂らせている常緑樹のモミの木は神秘と生命の象徴なのよ!」
 ツリーを囲む輪になった人々は、誰に言われるでもなく、そのままぐるぐると回り始めた。
「いつも緑の葉を茂らせている常緑樹のモミの木は神秘と生命の象徴なのよ!」
 天使がラッパを吹き、トナカイがリズミカルに蹄を響かせる。
「いつも緑の葉を茂らせている常緑樹のモミの木は神秘と生命の象徴なのよ! いつも緑の葉を茂らせている常緑樹のモミの木は神秘と生命の象徴なのよ!」
 吊るされた人形達が歌い始めた。
 人間達は歌に合わせて繋いだ手を振り上げ、下ろし、足を蹴り上げて踊る。そのうち歌い出した。

 ♪いつも緑の葉を茂らせらせいついついつも葉を緑らせらせミの木モのミの木木と木木木木神秘神ミモミ茂茂ら茂せ緑常緑つりょミ生生生神せ木じょ木じょミ

 その頃キッチンでは沢山のアサリらが、日の短い冬、長い夜、灼熱地獄の運命から逃れるべくキッチンを這っていた。

 ♪命ちついついのミ緑緑緑じょ常のじょののののののの生ののの秘緑秘の秘秘秘象象象象木ミ神樹木樹木常樹木茂ら茂らミミらミ生生木の樹のの象徴ちょちょ

 星が光っていた。
 人形が歌っていた。
 歌にあわせて鐘が鳴った。
 だが誰も鐘など持っていなかったはずだ。
 また鐘が鳴った。
 大川夫妻の頭が吊り鐘になっていた。
 倉知の頭が吊り鐘になった。
 こいつにだけは遅れてはならぬ、と思ったら、ナカヨシの頭も吊り鐘になった。
 全員の頭が吊り鐘になった。

 ♪モモモモモモ徴モモミモ緑緑樹木樹木生生生ちょ神神秘いつもつじょ茂ているてててモいモいてててしょしょしょ常象常ら常常秘し神秘命よつの象象生せ象

 歌にあわせて明るい鐘の音が鳴り響く。
 踊って過ごすうちに、待ち侘びた春の優しい風の気配を遠く感じた。が、全員頭が吊り鐘になったので、誰も口でそれを言えなかった。
 風はキッチンから吹いていた。
 頭の吊り鐘を鳴らしながらキッチンに入ると、一列に並んだアサリらが食器棚の中に行進し、最後の一匹が今まさに食器棚へと消えてゆくところだった。
 食器棚の向こうは海だった。
 麗らかな春の海辺。常春の島。アサリらを採る人間などいない永遠に平和な世界。
 吊り鐘が重いのも忘れて、両手でバンザイしながら、食器棚へと全員で駆けていく。
 みるみる体が縮み、食器棚に辿り着く頃には、中に入るのにちょうどいいサイズの身体になっていた。
 全員が食器棚に消えた後、ナカヨシの妻の白い手が、食器棚を閉めた。
 時折、あなたの家の食器棚から潮騒が聞こえるのはこの為だ。
 その食器棚の小さな戸の向こうでは、アサリらが常春の島の砂浜で、時々聞こえる鐘の音も気にせず微睡み続けている。


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