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読みきり作品 吉野慧

投稿作品『沼』 著者:吉野慧


 朝起きると、お母様が死んでいた。
家の中では線香のにおいが漂っていた。遠い親戚の人や、お父様の会社の人たちが集まってきた。
「お母様に、お別れを言いなさい」
「いやだいやだ」
僕は泣きじゃくって、棺桶の中で静かに寝ているお母様に顔を向けることが出来なかった。
 
 それから暫らくしても、お母様はまだどこかに居るような気がしていた。お父様やお婆様が、少しずつお母様の洋服を片付けているのを見ると、嫌な気持ちになった。腹立たしくもあった。お母様が帰ってきたら、さぞ悲しむだろう。
お父様が仕事に出掛けている間に、大事にしていた櫛や鏡を誰にも見つからない場所に隠そうと思った。
だけど、どこに隠せば人に見つからないかわからない。見つかれば叱られると思った。

 僕は家を出て町の中をウロウロしていると、鳴瀬川の沿いに今は人の居ない部落を見つけた。
家の壁は剥がれていたり、腐って落ちているようなところで、舗装されていない道はくぼんで水がたまっていた。妙なガラクタが転がしてあって、風も通らないような場所だ。ここなら誰にも見つからないと思った。

 何度かお母様の物を隠しに部落に足を運んでいると、珍しい羽根をした綺麗な蝶が飛んでいるのを見つけた。僕はこの部落で人はもちろん、猫や犬なども見たことがなかった。ただ壊れがかった家が並び、草で荒れて、ただ静かだった。不思議に思って追い掛けてみると、沼のように深い水たまりに、お母様が居た。

「やっぱりお母様は居たじゃないか。お父様も、お婆様も、隠していただけなんだ」
「そうだよ。お母様はここに居るよ。ぼうや、お母様に顔を見せておくれ」
僕はお母様に抱きついた。お母様の温もり。胸の中は、お母様のにおいでいっぱいだった。
「お母様がここに居ることを、誰にも言っちゃいけないよ」
「どうして」
「だってお母様が居なくなってしまうもの。ぼうやはお母様に会えなくなってもいいのかい」
またお母様に会えなくなるのは寂しいと思った。僕は、誰にも言わないことを約束した。
言えば本当に会えなくなる気がした。

 それから僕は草の生い茂った部落に入って、お母様の所に行くようになった。お母様は、外が見たい外が見たいと言っていた。どうやら、お母様はここから動けないようだった。
「ここは退屈だから、写真を撮って、町の様子を見せておくれ」
お母様がそう言うので、僕はお父様のカメラを持ち出して町を撮るようになった。
人が大勢のってはち切れそうなバスとか、あるいはただ電線にかかるみかん色の夕日なんかを撮った。
なにが良くて、なにが悪いのか、全くわからなかった。
ただ僕は無作為にシャッターを切って、切り取った町の一部分をお母様の元に届けていた。
お母様は喜んでいた。なにを見ても笑っていて、そんなお母様の顔を見つめると、心が落ち着いて嬉しくなった。

 ある日、庭に生えている桜の木に蝶がたくさん集まっていた。
これは珍しいと思ってカメラで撮ろうとすると、お父様に見つかった。
「そんなものを撮ってどうするのか」
「お母様に見せるのです」
お父様は僕の頬を強く打ち、なんども怒鳴ってカメラを撮りあげてしまった。ああ、お母様に写真を持っていくことが出来なくなる。悲しさが頬の痛みと重なって、おいおい声をあげて泣いた。

 それからというもの、僕はお母様の所に行っても心が落ち着かなくなった。お母様も写真が無くてつまらなそうであった。暫くすると話すことも無くなった。
だって、仕方ないじゃないか。そう思うと僕はだんだん腹立たしくなって、部落に行くのを避けるようになった。そのうちお母様のことも忘れてしまった。

 時がたち中学生になってから、例の部落の側を偶然通りかかった。
季節はもう秋で、銀杏の葉が一面道に覆いかぶさっている。銀杏を踏みつけながら、僕は部落のことを思い出して足を向けたが、かつての荒んだ家々はもう無かった。全て取り壊されて、更地になっている。
ぼんやりとした気持ちで先に進むと、大きな水たまりがあった所には、小さな地蔵が置かれていた。
地蔵の横には、懐かしいにおいのする白い花と、古い割れた鏡が添えられている。
それ以外にはなにもなかった。
近くには誰も居なかったが、遠くの土手沿いを見ると、犬を連れて散歩をする爺さんが居た。
僕は地蔵に帽子を被せて、もと来た道を戻った。
強い横なぐり風が吹いている。どこかで蟋蟀が鳴いているような気がした。
もう、そこには二度と近寄らなかった。



Comment

No title

胸がキヤキヤしました。

ひどく落ち着かない気持ちになって、この『僕』の気持ちの変化に、心が引きずられる思いです。

「お父様」お母様」「お婆様」と語っていた『僕』が最後に「犬を連れて散歩をする爺さん」と、「爺さん」と言ったのが刺さりました。


No title

クロミミ様

コメントありがとうございます。
爺さんの件、まさしく成長した少年の気持ちの変化を表そうとしたところです。汲み取っていただいてありがとうございます!

しかし、こういう会話、特に母との非日常の会話って難しいですね。バランスも意味も、もっとこうすればよかった、と今になって悔やまれます。
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