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竹の子書房用 とよね

竹の子書房用【絵が先 古城の怪異】参加作品 古城の怪異〈2〉 著者:とよね

古城の怪異〈2〉 二章 その夏(――1/3)


1. 真夜中の逃走

 黒い水のように、森が広がっていた。森は複雑な地形を覆い、満月の下にある大地を深い闇に変えていた。
 その闇の僅かな白い裂け目を、一台の車の光が照らし、また森の闇に消える。
 その裂け目は、崖だ。
 崖を見下ろすように、城が月を背に建っていた。
 風が雲を運んできた。その雲が月にかかり、完全に隠してしまった時、車が破壊される痛ましい音が、闇の森から響いた。

 銃声、そして銃声。
 眠っていた鳥たちが、森から一斉に飛び立った。鳥の不在を埋めるように、ちょうど雨が降りはじめた。
 道を塞ぐ土砂に突っこむ形で、車がつぶれていた。貨物用の大きな自動車、だがその後部の小さな窓には、頑丈な鉄格子が嵌っている。
 大きくカーブを描くタイヤの痕。衝撃で後部扉が外れている。
 そして土を濡らす血溜まり。
 男が一人、血溜まりに拳銃を向けていた。両手が不自然にくっつきあっているのは、手錠をされているからだ。男は血溜まりに横たわる運転手の絶命を確認し、助手席から、もう一人の人間を引きずり出してきた。
 その人間も怪我をしており、両足がねじ曲がっていた。
 看守の制服を着ている。死んでいる男も同じだ。
「手錠を外せ」
 男は、拳銃を向けながら、唸るように言った。看守は怪我の痛みと恐怖で、言葉にならない声を発するばかりだったが、腹に蹴りを受け慌てて答えた。
「も、持ってない――」
「嘘をつくんじゃねえ! そんなわけねぇだろうが」
「本当だ」
 看守は脂汗を流しながら、声を振り絞った。
「合鍵は――お前らの――護送先の――け――刑務所に――ある」
 本当だ、信じてくれ、と繰り返すのを、男は黙って聞いていた。嘘をついている様子ではない。拳銃をおろしてしゃがみこみ、その看守の拳銃も奪った。札入れも。
 看守は、いずれにせよこの男に自分を助けるつもりはない、と観念した。長いため息が、そう語った。
「逃げられると思うのか」
 男は立ち上がり、銃口を再び看守の頭に向ける。
「……自分からは逃げられんぞ」
「なに?」
「お前らは罪人だ。どこに行こうが罪を犯さずにはいられまい」
 男は発砲した。看守の首が仰け反り、また血が流れ出す。
 護送車の後ろには、彼と同じく手錠をはめられた男が二人、立っている。
 一人は看守殺しの男にとって、昔からの連れだ。
 もう一人は農夫。
「まだ一人いるよ!」
 中年女の声。農夫の妻が、護送車の壊れた扉の中から若い娘を引きずり出してきた。
 ほっそりした体つきの、色の白い、手錠の似合わぬ娘だった。見たところ二十前後だろう。
 娘は寒さ、恐怖、不安、そうしたものに震えながら、看守達が死んでいる方へちらりと視線をくれ、慌てて目をそらした。
「殺したの?」
 そう尋ね、しかし、誰も答えない。看守殺しの男が大股で歩み寄り、娘の喉もとに銃口をあてがい、押し殺した声で尋ね返した。
「殺されるかついて来るかだ。さあ、選べ」

 2.五人

 霧雨の中を、その古城に、罪人たちは入っていった。

 城は二重の城壁を持っていた。
 一枚目の壁は、なかば森に呑まれていた。それをくぐった先はちょっとした丘陵。丘を登れば二枚目の城壁にたどり着く。
 城壁の間に小屋があった。質素な、しかし頑丈そうな小屋だ。看守殺しが木戸を蹴り開けた。沈黙して闇を見つめ、慎重に小屋に足を踏み入れた。四人が後に続く。彼らは息を切らし、疲れ、しかも濡れそぼっていた。闇に慣れるのも待たずに、めいめい勝手な場所に座りこんだ。
 中は二部屋あり、開かれたままの戸の向こう側が小屋の主の寝床だろうと予想したが、闇が満ちたその空間へ、わざわざ確かめに行く者はいなかった。
 長い沈黙があった。めいめい今後について考えを張りめぐらせ、そうでなければ放心していた。
 沈黙を破ったのも、看守殺し、先頭を切って古城へと歩いた男だった。
「外してやれ」
 男からつかず離れずの距離にいた、別の背の高い男が立ち上がった。二人は同郷の出で、しかも、幼い頃から連れ合っていた……死刑台まで。そのはずだった。
 一番外に近い場所で座りこんでいた娘の前に、男がしゃがんだ。自由になった手で、まだ不自由なままの娘の手を取る。
 娘の目に光が戻った。男は手錠をいじっている。その手に細長い針金のような物があるのを、娘は、ほの白い雲の明りを頼りに確かめた。
 手錠が外れた。男は立ち上がったが、娘は無言のまま、手を下ろし、黙ってうなだれていた。
「礼くらい言えよ」
「……どうも」
 男は呆れ、手錠を手近な場所に置いた。とりなすように、部屋の最も暗いところから、農夫が低い笑い声をかけてきた。
「まあ、いいじゃないか……お嬢さんも怖いんだろう……」
「怖い?」
 男は肩を竦める。
「何を今更。おれ達は皆、殺人以上の罪を犯してるはずだ。そうだろう? 違うか?」
「そうだなあ……もっともだ……お嬢さんはそうは見えんがな……」
 農夫の嗄れた声は聞き取りにくかったが、自分に向けられた質問だけは、娘ははっきり聞き取った。
「お嬢さん……あんた一体……何を仕出かしたってんだい……?」
 娘は答えない。
「まあいい……仲良くしようや、お嬢さん……」
「リジルよ」
「バドムだ」
 と、農夫。その妻が続いた。
「ジュレーンよ。よろしくね」
「おれはディルケ」手錠外しの男も名乗る。が、窓際の、すでに罪人達のリーダー格という風情の男は黙り続けていた。
「ああ――」
 今度はディルケが場をとりもつ番だった。
「彼はエルナート」
 視線が、エルナートというらしい男に集まった。沈黙。
「……エルナート・リンクス」リジルが問う。「あのエルナートなの?」
 男は口角を吊り上げて笑った。それが答えだった。
「よく知ってるじゃねえか」
「有名ですもの」
「光栄だ」
 エルナートが立ち上がり、リジルの前に立つ。雷が光った。窓からさしこむそれは、エルナートの凶悪な口許と、決して笑わぬ冷たい両目を照らした。
「俺は逃げる。だが俺から逃げる者は殺す。脅しじゃねえ。わかるな」
 遅れて雷鳴。まだ遠い。
 リジルは何度もうなずいた。
「……分かった」
「今から一緒に来い。ここがどこか調べるぞ。バドム、ジュレーン、お前らは城壁の側塔からさっきの道路を警戒しろ」
 雷光。

 3.探索

 二枚目の城壁をくぐると、広い前庭が、城との間に長々と横たわっていた。雨は激しさを増し、雷鳴が近付いてくる。エルナート、ディルケ、リジルの三人が豪雨の中を駆けていった。
 重厚な城の扉は、予想に反してあっさりと開いた。中は漆黒の闇だろう、と思ったが、闇に慣れたせいもあってか、内部の様子をぼんやりとだが見ることができる。
 扉の上に大きな窓が並び、そこからほの白い雲の光が入ってくる。
「護送車の窓からは――」
 エルナートの声、三人の服や髪から水が滴る音が、闇の中に響いた。
「城か洋館に見えた。城だな……いずれにせよ、今いる場所の手がかりがあるはずだ」
 明りがあればいいが、それは望めなさそうだ。広間中央の、裾広がりの階段の上に、エルナートは目を凝らした。
 雷光が瞬いた。
 階段の上の手すりから、ドレスを着た女がエルナートを見下ろしていた。
 雷鳴。
 立て続けに落ちる雷が、エルナートの目にしっかりと、女の姿を焼き付けた。
 長い髪と、整った顔立ち。
 その顔は怒りに満ち、エルナートを睨んでいる。
 憎悪がちりちりと顔を焼く。
 雷光が消え、闇に目がくらむ。が、エルナートは階段を駆け上がっていた。手探りで女を探す。
 手応えはなかった。
 再びの雷光。エルナートは、女がいたはずの位置に立っていた。
 女はいなかった。
「エルナート? エルナート、どうしたんだ?」
 ディルケが後をついてくる。その後を、リジルも。
「女がいた」
「なんだって」
「髪の長い、ドレスの、若い女だ。ここに立っていた」
 ディルケは困惑するばかりで答えない。
「探せ。俺たちにとって脅威になる可能性がある」
「探せって、こんな所――」
 雷光、そしてほぼ同時に雷鳴が轟いた。エルナートが自分の顔を無表情で凝視していることに、ディルケは気がついた。
「いやあの、別に疑ってるわけじゃないんだ。うん。探すよ。探そう、リジル」
「ええ……」
 二人は階段上の廊下に添って並ぶ三つの扉を開けていった。うち両側の二つが、窓のある、少なくとも真っ暗闇ではない空間だと判った。足音も息遣いも聞こえてこない。ディルケとリジルが、一番左の扉に入っていった。それを見届け、エルナートは右の扉へ入る。
 そこは壁沿いに窓が並ぶ廊下だった。人影などはない。夏だというのに、震えがくるほどの冷たい空気に満ちていた。板張りの廊下は、荒らされた様子こそないが、手入れされている気配もない。どれだけの間、城が人間から忘れられていたのか、推し量る術はなかった。
 廊下の先は階段だった。上下にのびる階段を下ってみると、回廊に出た。
 正方形の庭を挟んで、反対側の回廊を、針のような雨の光を浴びて歩く人間がいる。目を凝らし、正体を確かめる。リジルだった。
 リジルが回廊の角で止まった。息を殺して近寄れば、濃い闇の粒子を透かして、じっと壁を見つめている。
 充分に近付いて、「よう」、と声をかければ、飛びのくようにふり向いた。
「取って食いやしねぇよ」
 見開かれた目の表面を、白く光る緊張が覆っている。エルナートは笑い、肩を竦めた。この女は、俺の機嫌を損ねることが何より怖いに違いない。しかしこの俺を、気に食わんからとか気が向いたからとか言う理由で暴力をふるうそこらの小物と一緒にされては困る。
 それでも恐れられることは快感だった。
「俺が怖いか」
「……当たり前でしょう」
「ここにいるということは、お前も人を殺したのだろう」
「直接手を下しただけでも二十六人殺している人と一緒にしないで」
「詳しいな」
「新聞にあなたの名がない日はなかったわ」
「さっきのを入れれば二十八人だ。これまでの人生の一年につき一人だな。そう考えれば少ないほうだろう」
 リジルは答えず、逃げるように顔を壁に戻した。
 閃光とほぼ同時に、雷鳴が轟いた。
 リジルが何を見ているか分かった。絵だ。
 雷に照らされたその絵は、色彩に乏しく、しかし何やら細密に描きこまれている。
 崖に建つ城の絵だった。
 その城の中央に、巨大な鋏が刺さっている。庭師が使うような、本物の鋏だ。ならばあの小屋の主の物かもしれない、と考えていたら、リジルが言った。
「アストリア」
「……何だ」
「そう書いてある。そういう地名が昔あったのよ。これは、こう……城の名前だと思う」
「よく知っているな」
「私は学生よ」
「地理か? 歴史か?」
「……物理学を」
 エルナートは肩を竦めた。
「それでも、あなたよりは分かるはずよ。地理も歴史も」
「……せいぜい役立てることだな」
 ディルケの足音が走ってきて、リジルの後ろの闇からその顔が現れた。
「エルナート、やっぱりここには誰も居やしないよ」
「もしここが本当にアストリア城なら」
 と、リジルも続く。
「少なくとも百年は誰も足を踏み入れていないはずよ」
「ここが本当にこの城なのか?」
 疑わしい思いで、エルナートは無残な絵と……絵に突き立てられた鋏を見る。このような物を突き立てた力の強さ、よりによって鋏を選んだ心境、そうしたことを想像すると、癒えぬ憎しみが未だ鋏から少しずつ放たれているようだ。
 描かれている城がこの城なら、何故このような真似をするのか。
「調べてみるがいいわ。どのみち、そうするのでしょう。……お互いの為に」
 エルナートは短いため息で応えた。
「……それと、この絵は最近描かれたものだと思う」
「何故分かる?」
「見て」
 とリジルが言った時、折りよく雷が回廊と絵を照らした。
「この絵の城は正面から描かれていない。後ろ、崖の向こうから描かれている。ここが私の知っているアストリア城なら、崖と湖を背に建っているはずよ。そして、この城が歴史上活躍した時代には、そのような遠方から城を見て描くすべはなかった」
「……湖か」
「ええ。この対岸に、かつて展望台あったの。とうになくなってしまったけれど。この絵は展望台が出来てからなくなるまでの間に、そこの望遠鏡などで見て描いたものじゃないかしら……少し向こうを見てきてもいい?」
「見れば、何か分かるのか」
「ええ」
 とだけ短く答え、リジルはさっさと回廊の奥の闇へ歩いていく。学生としての城への興味が、闇への恐怖に勝っているようだ。エルナートは黙って見守ることにした。
 回廊から少し進んだところで、先を行くリジルの足音が変わった。
「壁と床の材質が違う」
 壁に触れてみると、予想とは違う温度があった。
「木だ」
「さっきまで大理石だったでしょう。ここもその様に改築される予定だったのよ。でもそうはならなかった」
「金がなかったのか?」
 半ば茶化すつもりで言ったが、リジルは「そう」、と、硬く真面目な声で答えた。
「歴史書の記述が正しいなら、城は市民革命で財政が傾き、改築の中断を余儀なくされている。あちら、中庭の向こう――私達が入ってきたところは改築がされたところ。こちら側はまだ。明るくなったらよく分かるわ、城の建築様式が、こちらとあちら側とではまるで……」
 リジルの声が、外からの叫び声にかき消された。
 エルナートはその声を、場所を、聞き分けていた。
 男だ。奥――野外。玄関と反対の方向で……転落していった? 走る。闇に目を見開き、廊下の奥へ奥へ。声がしたあたりの、部屋のドアが開け放たれている――違う。ドアがない。外されている。
 薄明かり。
 窓が破れていた。
 どうりで、よく聞こえたわけだ。
 降りこむ雨に抗い、窓枠から外へ頭を突き出すと、鼻から顔全体に水がまとわりついた。
 窓の外には、夜空を映す巨大な鏡が横たわっている。海、いや、リジルが言う湖か。城から湖へとおりていく、崩れかけた階段がある。
 階段の下に、捨てられた人形のように、男が倒れている。
 階段の上からは、また違う種類の叫び声。
「ジュレーン!」エルナートは叫んだ。「バドム!」
 部屋の入り口に立っていたディルケを突き飛ばし、廊下の奥へ。外階段への行き方は、すぐには分からなかった。適当な部屋の窓から草地に飛び降りる。
 雨に濡れた草の斜面を滑り降り、階段へ。
「ジュレーン!」
 立ち尽くすジュレーンに駆け寄ると、胸倉をつかんだ。
「見張りをしろと言ったはずだ。どうしてここにいる」
「女が!」
 答える気があるのか、ないのか、ジュレーンは濡れた髪を振り乱し、両目をぎらつかせながら切れ切れに叫んだ。
「燃えて、女が! 火が! 落ちて!」
 舌打ちし、手を離すと、今度は階段下のバドムに走り寄る。
 バドムはうつ伏せで倒れていたが、目があった。
 首が捻じ曲がって、斜め上、ちょうどエルナートの顔がある方を向いている。
 瞬きした。
 その目玉を、水滴が叩いた。
「駄目だ――」
 背後から駆けてくる、リジルとディルケの足音に、言った。
「こりゃあ、助からねぇ」
 バドムが瞬きを繰り返す。背後に沈黙を従えて、エルナートは様子を見た。瞬きが、遅くなり、瞼が開かなくなり、半開きとなった。
「運べ、ディルケ、ジュレーン」
 雨は、同じ調子で城を濡らしている。電源が入ったように、ジュレーンが素早い動作でバドムの横に跪いた。
「あんた!」
「もう死んでいる。早く中に運べ!」
 鳥のように叫ぶジュレーンを、エルナートは蹴倒した。それを制しようとしてやめる、リジルの気配。
 ディルケがジュレーンを諫め、バドムの脇の下に手を差し入れる。二人は農夫の亡骸を持ち、階段を、城へと上っていった。
 後に、鼻からこぼれた血の跡と、古い手帳が残った。
 リジルが手帳を拾い上げ、めくる。
「古語だわ。バドムさんの物じゃないみたい」
「何て書いてある?」
 リジルは手帳をめくり、それを雲の明かりにさらし、またこれ以上濡らしてはならぬと、手で庇う。
「これは――」
 やがて、ページに残された短い一文を、リジルは読み上げた。
「『キャリー、その部屋は寒いだろう』……そう書かれている」

 雨。





(二章 その夏(――2/3)へ続く)





Comment

No title

やっと読めて嬉しいです。
なめらかで選び抜かれたような言葉たちがつむぐ残酷な世界に引き込まれます。
続編楽しみにしていますね(^^)

目黒先生へ

こんにちは! いつも感想を下さりありがとうございます!
お待たせしてすみません^^;
これから年度末にかけて少しまとまった時間が取れそうなので、その間に集中して書こうと思います。
公開は全部で6回の予定ですので、次でちょうど折り返し地点ですね。出来るだけ早くお見せできるよう頑張ります。
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