お話の、あるところ。

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竹の子書房用:黒実 操

絵が先『絶叫』より。『絶叫』  黒実操

 あの女は家族を捨ててオトコと逃げた。
 その噂は、子供だった私の耳にも届く。
 現に、母は家に居なかった。
 父は何も言わず、私の面倒を見てくれた。
 オトコがかつて守っていた社(やしろ)は、消えた主(あるじ)の代わりに穢れを押し付けられ、たちまちのうちに寂れ果てる。
 ご神木は、一抱え以上もある大きな桜だった。オトコが社を去った夏には、青々と葉を茂らせていたのだが、すぐに立ち枯れてしまった。まるで、罰を引き受けたかのようだと、囁かれた。
 その枯れ木が倒れたのは、翌年の春。父も、私を置いて姿を消した。
 私は遠い街の親戚に引き取られ、そして――。
 それからだ。私がこの〈夢〉を見るようになったのは。
 繰り返し繰り返し見る〈夢〉。
 夜。
 朽ちた、簡素な社殿。
 崩れた壁の隙間から漏れる、揺れる明かり。
 正座した×の後ろ姿。衣服越しにも見て取れるほど、痩せた腕を振り上げては、降ろす。
 連れて動く肩甲骨。
 ギラリ、反射。
 フウゥゥ、搾り出すように長い吐息。
 ゴゾリ、大きく異様な何かが転がった。
 木だ。木の幹がふたつに割れたのだ。
 枯れて、枯れた――。
「ああ、やっぱり。君は、ここにいたんだね」
 ×は囁き、割れた木の間に頭を沈めていく。

 木で出来てんだ、その人形は――男は漸(ようや)く口を開く。
「生人形(いきにんぎょう)って知ってるか」
 もちろん知っている。
 幕末から明治にかけて大いに流行った、木製の等身大の人形のことだ。生地に胡粉(ごふん)を塗り重ねて作られた肌は、まるで生身の人間のようだったという。
 今では芸術品扱いだが、元々は見世物興行に使われていたものだ。
 これがなかなか――とんでもない代物で。どう見ても人形になど見えない精巧な作りのものが、極当たり前に、あった。
 余談だが、マネキン人形にその技術は継承された後(のち)、哀しいかな、徐々に稚拙(ちせつ)なものとなり衰退してしまう。
「有名所だと、松本喜三郎や安本亀八なんだが、まぁ、そこまではいかなくても相当に腕のいい人形師が作ったものが、見世モンにごろごろしてた時代だったんだ」
 男は残っていた安酒を一気に煽(あお)り、湯飲みの底に目を遣った。
 ここで口を挟むか、それとも様子をみるか。逡巡(しゅんじゅん)していると、男が緩慢(かんまん)な動きで顎を上げた。私を――睨む。
 そして、無精髭に半分隠れた唇を動かした。
「運慶(うんけい)って知ってるか」
 もちろん知っている。馬鹿にされたようで、少々気分が悪い。
「日本一の、ど偉い天才の……なんだ、彫刻家だか」
「正確には仏師ですね」
 つい、嫌味な言い方をしてしまった。
 幸い、男は気にも止めずに言葉を続ける。
「ああ、そうそう。その運慶って奴が言うには、仏像ってのは木を彫って形造るんじゃなくて、予(あらかじ)め木の中に埋まっているものを彫り出すだけで」
 呆れた。
 滔々(とうとう)と男が語りだしたのは、漱石の小説ではないか。これ以上、無駄な時間を過ごすつもりはない。
「それは小説の話です」
 出来るだけ柔らかい言い方を心がけたつもりだ。
「小説家の書いた作り事ですよ」
「さっき運慶を知ってるって言ったじゃないか」
「あなたが言っている運慶とは違います」 
 説明は面倒だった。
「どう違うんだぁ」
 男の声音が、どろりと溶けた。
 ああ、しまった。まさかここで寝てしまうなんてことにはならないだろうな。全く、どれほど奢(おご)ったと――否。
「運慶は運慶だろうが。おまえ、職人なめんじゃねぇぞ」
 今度こそ怒らせてしまったのか。
 男は、まだ未練たらしく握っていた茶碗を、土間に叩きつける。使い込まれ、古びていたそれは、乾いた音をたてて割れた。
 ヘタを打った。
 どうすればこの場が収まるか、考える。とりあえず謝る、か。いっそ怯えてみせるか。それとも――。
「ご神木だ」
「な、」
 男は、私が引き出したかったその言葉を、あっけなく吐き出した。
 ――怒ったから、だろうか。
 しかし、くだらない思考はここで止めた。話がひとっ飛びに、核心へと向かっているのだ。
 男は、さっきまで勿体(もったい)ぶっていたのが嘘のように、饒舌(じょうぜつ)になっていた。
「戦争が終わってからなのは間違いねぇが、いつの間にか潰れちまったんだ、あの神社は。そこのご神木をぶった切って、ご祭神の像を創(つく)って祀(まつ)ろうって阿呆がいた。なくなった神社の代わりに、な。で、せっかくならばと運慶に頼んだんだ」
 呑まれる。
「運慶なら、ご神木の中の神様をそのまま彫り出すことができる。俺はそう聞いた。小説なんかじゃねぇ。ちゃんと聞いたんだ」
 男は口元を手の甲で拭(ぬぐ)い、舐めた。
「その運慶が、ご神木から彫り出したってぇ神さんが、先(せん)からおまえが嗅ぎ回っている生人形だ。違うか」
「違うかって、さっきの話の運慶は現代の仏師ではないんです。ああ、もしかして、運慶を名乗る他の」
「違う。あれは本物の運慶だ。おまえが何を言おうと、本物なんだ。よし。気が変わった」
 卓に手を突き、男は立ち上がった。
「見せてやる」
 その言葉を聞きに来たのだ。
 怒らせて正解だったのか。
 男は次の間の襖(ふすま)を開けて、私をそこへと招き入れる。 
「こんな話があった」
 男は後ろ手で襖を閉めた。

 夜。
 朽ちた、簡素な社殿。
 崩れた壁の隙間から漏れる、揺れる明かり。
 正座した〈男〉の後ろ姿。衣服越しにも見て取れるほど、痩せた腕を振り上げては、降ろす。
 連れて動く肩甲骨。
 ギラリ、反射。
 フウゥゥ、搾り出すように長い吐息。
 ゴゾリ、大きく異様な何かが転がった。
 木だ。木の幹がふたつに割れたのだ。
 枯れて、枯れた――。
「ああ、やっぱり。君は、ここにいたんだね」
〈男〉は囁き、割れた木の間に頭を沈めていく。

 私は面食らう。
 何を言っているんだ。
 それは、私の〈夢〉じゃないか。  
「そいつがさ、こう、ガバッと顔を上げたんだ。で、誰だって怒鳴った。連れは走って逃げやがった。そりゃあ早かったぜ。俺は、ビビっちまってその場に座り込んだんだ」
「え、連れ?」
 胸の奥に痛痒(つうよう)。
 通された部屋には彫刻刀が散乱し、様々な大きさの丸太が転がっていた。棒立ちのまま話は進む。
「座りションベンみてぇな恰好(かっこう)の俺を、奴はすぐに見つけて、で、坊やは何を見たのかな、ってな」
 男は言葉を切り、私を誘うように見る。
 解っていながら、まんまと、乗ってしまう。
「何を……見たのですか」
「そうそう。その声さ。ははは、おんなじだ」
 予定調和の笑い。
「気色(きしょく)悪ぃな。おんなじだよ。で、俺はただ首を横に振るしか出来なかったんだ。何も見てませんってな」

 ――あの神社、夜中に蝋燭(ろうそく)が点いてんだって。オレの兄ちゃん、見たって。お化けかな。
 ――バカ。お化けなんかいないよ。
 ――兄ちゃんが嘘つきって言うのか。
 ――だって、お化けのわけないよ。
 ――じゃあ、確かめようぜ。
 ――よし。見に行こう。……大丈夫、一緒だよ。

「そんなごまかし、通用しねぇよな。俺は奴じゃなくて、奴が彫り出したアレから目が離せなかったんだから」
 私は相槌さえ打てなかった。
「蝋燭の火で、ぬめっと光ってたアレ。ああ、そうだ。おまえに似てたよ。それでいいんだ。だって、どっちもおまえの、なぁ。……それより」
 男は、私の真正面に回る。
「よくも一人で逃げやがったな」
 予備動作なしで、私の膝を激しく蹴った。
「うっ」
 私は、あっけなく倒れた。転がっていた丸太で頭を打ち、視界が真っ白になる。
「最初は〈おまえ〉だって判らなかった。何十年振りだ? お互い年をとったなぁ。運慶の下りで判ったぜ」
「ぐっ」
 起き上がろうとしたが、男は私の腹を踏みつけてきた。

 ――本当だって。すげぇそっくりに運慶が彫ったんだって、ありゃお前の、
 ――バカだな、それって教科書で読んだ話じゃないか。あれは小説だよ。本当じゃない。

「奴は言った。僕はね、運慶なんだよ。ここの神主さんに頼まれて、ご神木からご神体を掘り出したんだ。ご覧、美しい女神様だよ、ってな。俺だって、おまえん家(ち)の話ぐらい知ってたけどな。だけど間に受けちまったんだ。そんだけ凄ぇ代物だったんだ、アレは」
 間に受けなかったら、生きて帰れなかっただろうしなぁと呟き、男は足に力を込める。
「神主の野郎は、知らねぇ。少なくとも俺は見てねぇ」
 言いながら私の腹に腰を下ろし、額をぐっと押さえた。
「よくも逃げてくれたよなぁ。俺、おまえを信じてたんだぜ? だいたい、ありゃあ、おまえの×ちゃんじゃねぇか。見たんだろ。なのに、なぁ」
 ×ちゃん?
 ×ちゃん。
 肝心な部分が聞こえない。
 吐きそうだ。
「だけどまぁ、奴には感謝してるよ。あのとき見たもんは、この目に焼き付いて離れやしねぇ。だから俺は、職人になったんだ」
〈夢〉の話だろう。それは、私の〈夢〉の――。
「俺も運慶を夢見て精進してきたつもりなんだが、どうしても追いつけねぇ。どんな木でも駄目なんだ。悔しいが、腕が足りなきゃ材料を良くしねぇとな。だから、ちっとばかしズルをしようと思っててねぇ」
 額にあった男の手が角度を変え、目の上全部を覆ってきた。
「でもなぁ、誰をってなると、簡単にはやれねぇや。悶々としてたんだが、ここでおまえが現れて助かったよ。おまえになら遠慮はいらねぇもんな」
「……痛い、は、な、してくれ」
 腹に男の膝が入っているせいで、声を出すのもやっとだ。
 ――私は、まさか……。
「おまえの中の神さんは、俺が大事に祀ってやるよ。あのときの女神さんは、手に入れることが出来なかったからな。ははは、さっきのあれは嘘だ。見せるもんはねぇよ。まだ、な」
 この裏切りモンめ、ってお互い様だよなぁ、という空虚な声と共に、私の鼻先に、冷たく尖ったものがあてがわれた。
 
〈夢〉では、なかった。



 
  
Comment

No title

 画面越しに、びんびん緊迫感が伝わってきて、なるほどこう書けばいいのか、と学ばされました。
僕も漱石の「夢十夜」が大好きで、途中から、これは...と思っていましたが、やっぱりそうでしたか。僕も、あの運慶絡みの話はいつか書きたいと思っていたので、大変勉強になりました。

ありがとうございます!

嬉しいコメントをどうもありがとうございます。とても光栄です!

こちらは私が所属する「竹の子書房」という電子書籍発行集団での企画【絵が先】という、
お題の絵にお話を付けさせていただくというものです。
http://twitpic.com/6fbweb そのお題『絶叫』です。
この絵を拝見したときに、瞬間、漱石の運慶の話を思い出したんです。
本当に、描かれた作者さんの中からこの形のままで存在していたのではないかと、震えました。

吉野さんの運慶の話も、とっても読みたいです!
どのような形で埋まっているのでしょうかと、とても興味深いです。
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