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竹の子書房用:黒実 操

【三面推理・名画の謎、解明か?・探偵Side】黒実操著


「あんまりこんなことは言いたくないんだが、若い人がそんなことではいけない」
 丸眼鏡の巡査が、ニコニコしながら耳に痛いことを言う。俺の記憶が正しければ、五回目のループだ。
何を隠そう、俺は駅員にこの交番へと突き出されてしまった。
 推理に熱中するあまり列車を乗り過ごしてしまった挙句、所持金では差額が払えず――駅員に持っていた小銭を取り上げられたが、全然足りなかったのだ。
 だが、この巡査は特に調書を取ることもなく、場を取りなしてくれた。
「まだ足りていない分はワタシが払おう。ああ、キミ、無一文なんだろう。これを持って行きなさい」
 所持金ゼロの俺に千円札を握らせてくれた代わりに、かれこれもう二時間程ご高説を賜っている、という訳だ。
 しかし、それは唐突に終わる。
「おお。もうこんな時間だ。年寄りは話が長くていけない。失礼した」
 時計を見ると、五時ぴったりだ。
「もうこんなことがないように、しっかりと気を付けるんだ。君はまだ若い。ちゃんと仕事にも就いて、親御さんを安心させてやらないといけない」
 言いながら、制帽と上着を脱ぐ。
 まさか、退勤時間なのか。
 俺は退勤までの時間潰しに――いや、考えるのはよそう。
「ありがとうございました。このお金は、必ず後日お返しします。郵送することになると思いますので、こちらのご住所を教えて下さい」
「……そうだな、別に返してもらわなくてもいいんだが、その方が君の為かもしれない。メモしてあげよう」
 俺は書付を受け取り、一礼して交番を辞した。丸眼鏡の巡査は、愛想よく手を振って見送ってくれた。
 駅へと向かいながら、いただいたメモを眺める。
「あ」
 足が止まる。
 ――竹の子町。
ここは、あの、竹の子町だったのか!
 戦慄。
 先程の推理とあの新聞記事が、脳内で高笑っているかのようだ。
 俺は交番へと逆戻る。
「すみません! この辺に竹の子神社ってありますか」

 教えてもらった神社は、思っていたよりも小さくひっそりとしていた。
 仄暗い境内。記事にあった賽銭箱。固く閉ざされた社務所。
 俺は、ここへと導かれたのだ。先(せん)の推理が正しいという、竹の子神社の神の思し召しに違いない。
 近隣の住宅からは、暖かな明かりが漏れている。運が良ければ、新聞記事の裏付けが取れる。
 だが、夕食の支度に忙しいだろうこの時間帯に、話を聞いて回ることは非常識だ。
 夕食……。
 そういえば、腹が減ったな。
 今朝から何も食べていないことを、唐突に思い出す。もともと燃費がいい俺は、あまり食べることに頓着(とんちゃく)がない。
 しかし、さすがに今日は動き回って疲れた。今更ながら、空腹が堪(こた)える。
 神社を出て、住宅街の方向へと足を進める。コンビニか何かないだろうか。所持金は、お借りした千円のみ。帰りの切符代を考えると、菓子パン程度しか買えないだろうが……。
 と、妙な看板が目に飛び込んできた。
【蕎麦屋はっぴぃちゃーむ】
 蕎麦屋はっぴぃちゃーむ?
 店の前には、暮色にも鮮やかに、真っ赤に塗られたバイクが駐められている。形状からいって出前に使うもののようだが、うん、これはきっと、この店の個性を宣伝する役目なのだろう。なにしろ、はっぴぃちゃーむだもんな。
 開け放たれた入り口を、そっと覗く。
「うっ」
 蕎麦屋には似付かわしくない、濃いピンクの明かりが灯った店内の壁に『愛情ヌレヌレ鴨南蛮・みさとんのちょー☆オスメス、ああん間違い☆オススメちゅ』という気でも*ったかのようなお品書きが貼ってある。
 だが、問題はその値段だ。
『百円ポッキリ☆』
 ポッキリはどうでもいい。百円。
 百円!
 俺に迷いはない。
 颯爽と入店する。
「いらっしゃいませ~ん」
 ――どっちだよ。
 明らかに作り声で、メイド服の女店員がクネクネしながら駆け寄ってきた。腰まで長い黒髪を垂らしている。衛生面が心配になった。
「あらん、お兄さん、初めて? 学生さんかしら?」
「は、はい、あ、学生じゃないです」
 蕎麦屋のやり取りじゃない気がするが、この店員から発せられる妙な威圧感に気圧されてしまった。まともに顔を見ることなどできず、俯いてしまう。
 当然、鴨南蛮を注文する。黒髪を翻し、やはりクネクネしながら店員が去っていった。……無意識に、大きく息をつく。
「はー。……ん?」
 なんと! 
 俺の真横の壁に、新聞紙が貼り付けてあるではないか。
【The ConYork Times 日本語版】
 一月七日夕刊三面とある。年部分は紙がバリバリに傷んでいて、欠けている。――ますます衛生面に不安が出てきた。
 だが、新聞に罪はない。
 ザッと流し見ると、案の定、下の方に興味深い見出しがあった。
【名画の謎、解明か? クロの『そのへんのメス』失われた顔部分を発見】
 ――ああ、記憶の隅に残っている。『ミロのビーナス』や『サモトラケのニケ』と並んで、三大欠損美人と称されていた、アレだ。
 確か、この報道は俺も見た記憶がある。何年前だったかな。ただ、続報は知らない。
 ふむ。俺が知らないということは、顔部分の公開は、結局なかったのでは……。
 そうだ。
 公開は、なかった。
「何故だ」
 我知らず、真っ当な疑問が口をつく。
【『そのへんのメス』は樽型体型の女性が自ら服をたくし上げ、その腰周りと臍を見せつける近代美術史の怪作だが、顔の部分は戦災で焼失したとされていた。】
 俺は門外漢だが、この顔部分がないということこそが、この絵の一番の価値だと思っていた。だから却って、この報道に残念な感じを得たことを思い出す。
 ふくよか、では済まないレベルの腹部を、メインに持ってきた構図なのだが――現代の感覚では、うん、その、まぁ、ね。モデルの女性がまだご存命の可能性があるし、こういうことを言うのは好ましいことではないんだが……キツい感じが否めない。
 顔が判らないからこそ想像の翼が広がるわけで、これで欠損がない作品だったら、ただの――いや、もうこの辺で留めておこう。
 とにかく、顔部分の欠損は多大に意味のあることだと断じる。
 そう、顔部分は、意図的に隠されていたに違いない。その部位が隠してあったこと、注意書きがなされていたこと。これが作者、もしくはモデルの純粋な意思――。
 ――待て。
 今、何か引っ掛かったぞ。
 意外なところで、俺の推理脳が働き始める。
 もう一度、真横へ目を遣った。
 ゆっくりと記事を読む。
「……ここだ」
 違和感の正体が判った。
【梱包材には「私を見ないで!」との文字が口紅で書かれていた。】
 口紅!
 嫌でも扇情的なイメージが浮かぶ。
「私を見ないで!」は英語を訳したものだろうし、記事を書いた記者がこういう表現を選んだといえるかもしれない。だが『口紅』という事実は動かせまい。
 何故口紅を選んだのだ。
 筆記具ではない上に、油分が多すぎる。メッセージが劣化して後世に伝わらない可能性が高い。ちょっと擦っただけで、簡単に読めなくなることだって想像できたはずだ。
 つまり、わざと、だ。
 セクシーさを強調し、スキャンダラスな印象を与えるため。
 メッセージとは逆だ。見て欲しくて堪らないのだ。
 ならば、何故【連邦中央銀行の大金庫天井裏で厳重に梱包され】ていたのかという疑問が残るが、これは簡単に解ける。
 この絵の、この顔部分の価値を最高に高めるためだ。ただ普通の民家の屋根裏から見つかったのとは、訳が違う。連邦中央銀行の大金庫天井裏だ。世界的にトップニュース間違いなしの場所だ。
 発見場所の硬質さと、口紅のメッセージというアンバランスさが、この事件の印象を固定させている。
 ――俺は今、『事件』と言った。
 そう、これは事件だ。
 この【発見】を仕組んだ誰かがいる。世界中の人間に共通の印象を植え付けるべく、演出した誰かがいるんだ。
 もしかしたら『そのへんのメス』という作品は、この事件のために描かれたのかもしれない。いや、そうに違いない!
 身体が震える。今日、何度目だろうか。
 かつてない勢いで、俺の推理脳は回転している。
【美術館広報は「オリエンタルで愛嬌のある顔だった」とコメントしている。】
 広報のコメントまで出ているというのに、肝心の現物は公開されていない。ここまで発表したものならば、例え偽物だったとしても写真の一枚くらいは提供するはずだ。
 と、突然に俺の目の前に、ぬっと人影が立った。
「うわっ」
 不覚にも声が出た。
「んふ。お待ちかねの鴨南蛮ちゃんよん」
 あ、そうか。俺は……蕎麦屋に居たのだ。
 集中しすぎて、うっかり忘れていた。
「どうも」
記憶のついでに、空腹も甦る。
 とりあえず割り箸を取り、鴨南蛮を口に運ぶ。
 ……甘い?
 なんだ、これは。蜂蜜? クセのある甘さだ。
 俺が知ってる鴨南蛮の味とは全く違うが、ひょっとしてこれは竹の子町の郷土料理か何かなんだろうか?
 だが、糖分不足だっただろう俺の脳には、最適な味付けだったのかもしれない。
 閃いたのだ!
「犯人は、み」
 思わず、また声が出て、慌てて口を閉じる。
 犯人は、身内だ。
 連邦中央銀行の中枢にいる人間が、この事件の中心にいる。でないと、あの場所に絵を隠すことができるものか。
 そして、見つかった絵が公開されない理由も、同時に解る。
 描かれていた顔が、その【身内】によく似ていたからだ。恐らくは写実的で、ごまかしが効かないほどに。
 ……圧力がかかったのだ。
 この事件を仕組んだ犯人は、公開までを見越していたのかもしれない。だが当人は時間的にみて、もう亡くなっている可能性が高い。当時、こういういたずらが可能だった地位にいたことを鑑みると、相当な年齢だったはずだ。
 だから、遺族が公開を妨げたのだと、俺は結論付ける。それが犯人の娘であり、同時に絵のモデルだったという仮定もあるが、そこまで主張するのは乱暴かもしれない。
 ちょうどここまで考えを纏めたところで、丼が空になった。
 推理に夢中だったお陰で、ほとんど味を意識することなく腹を満たすことができた。舌に絡みつく、粘っこい甘味が残っているが、まぁいい。改めて、俺の推理脳に感謝だな。
 伝票を手に取り、立ち上がる。
 壁の新聞に、心で礼を言う。
 しかし、また何でここにこの新聞紙を貼りつけてあるんだろうな。他の記事に、ここの店縁(ゆかり)の誰かが関係してるとか……、よし、それを想像しながら帰るとしよう。
 他の記事の内容を軽く頭に入れる。
 いや、その前に竹の子神社の件もある。さっきの店員に話を訊いてみようか。
 そして伝票を見た。
「――せんひゃくえん?」
 千百円。そう書いてある。
 狼狽し、振り返る。
 入店前に目にした、*ったようなお品書を見直す。
 百円。
 その『百』をよく見ると、一番上の横棒が不自然に太くて長い。
 ふらつく足で近付き、目を凝らす。
『百』の上に重なるように『一』の字が……あった。
「あらん。もうお帰りですのん?」
 濃いピンクの照明の真下に、メイド服の店員が現れた。両の手を後ろに回し、クネクネと上体を揺らしている。揺れる長い黒髪。赤い唇。弓なりにその唇が微笑み、両脇にキリと皹(ひび)らしきものが走る。
 皹?
 ここで初めて、俺は、その顔を真正面から見た。
 ――見た。
 


  
 
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